下水処理の脱炭素 AIが秘めた未知の可能性に挑む

埼玉県、3事業者による競争的な共同研究に着手

前例「非」踏襲、失敗も恐れない覚悟

埼玉県下水道局(同局)と埼玉県下水道公社(同公社)がこのほど、AIを活用した温室効果ガスの削減に向けて「競争的な共同研究」に乗り出した。競争的な共同研究とは耳慣れない言葉だが、それもそのはずで国内初の取り組みだという。

担当者に伺った話を筆者なりにまとめると、

「うまくいくかどうかは分からない」
「でも着手するなら今しかない」
「だから、複数事業者に『競争的に』挑戦してもらう」
「結果的に技術導入できない可能性も想定している」

という取り組みだ。

前例踏襲、失敗を避けるイメージが強い行政運営とは反対に、むしろその従来像から変革し、前例がなくても、失敗を恐れず、今こそチャレンジするしかないという覚悟がひしひしと伝わってくる。

ことほどさように、下水道事業の脱炭素化は待ったなしの状況なのだ。

電力使用量の約半分を占める工程に切り込む

共同研究の概要を見ていこう。

まず目的は、下水処理場の下水処理における電力由来のCO2を削減することだ。

下水道からの温室効果ガスの排出源には電力由来のほか、下水汚泥焼却時のN2O発生もあるが、電力由来のCO2が全体の6割近くと多くを占める(下図)。

下水道からの温室効果ガス発生量(CO2換算)
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(国土交通省資料を参照し筆者作成)

さらに下水道には揚水ポンプや汚泥処理など、電気で動く装置や設備が数多くあるが、なんといっても下水処理(図中では水処理に相当。出典まま)の電力消費量が多く、46%と半分近くを占める(下図)。今回の共同研究で下水処理電力由来にターゲットを絞った理由はここにある。

下水道における総電力消費量と年間電力費
(国土交通省資料を参照し筆者加筆作成)
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実証フィールドは、同局が所有し、同公社が運営している全国最大規模の荒川水循環センター(戸田市)である。同センターには同じ条件で提供できる段階的高度処理系列と高度処理系列がそれぞれ3系列あるため、3事業者を募集し、1事業者ごとに各1系列を使って実証実験を行うことになっている。

民間企業のアイデアを引き出す「自由」という仕掛け

下水処理の工程を大まかに言うと、汚水を静置して固形分を沈める「最初沈殿池」、その上澄みに残った汚濁物質を微生物で分解する「反応タンク」、反応後の水を静置して微生物を沈める「最終沈殿池」で構成される。

このうち「反応タンク」では、微生物が呼吸できるように空気を送り続けなければならない。「ばっ気」と呼ばれるこの工程で電力を大量に使い、結果として温室効果ガスが大量に排出されるのだ。つまり、「下水処理」における電力由来の温室効果ガスを削減するということは、ばっ気における電力使用量の削減とほぼ同義である。

ばっ気時の電力使用量を削減するために、今回の共同研究ではAIを駆使して反応タンク内の酸素濃度などを見える化し、処理性能が落ちないように、かつ空気を余剰に送りすぎないように、ばっ気装置の最適な運転制御を試みる。

反応タンク内部のようす。絶えずばっ気によって槽内が攪拌されている(共同研究の実施場所とは別処理場にて筆者撮影)クリックで拡大

見える化する対象は反応タンクだけかもしれないし、最初沈殿池と組み合わせるかもしれない。また、酸素濃度を指標とするかもしれないし、その代わりにアンモニア濃度、BOD濃度(有機質汚濁の指標の1つ)を使うかもしれないし、タンク内の画像診断かもしれない。あるいは、どのデータに着目するかは、AIのみぞ知るブラックボックスかもしれない。

目的を達成できるのであれば、どこの何を見るかは事業者のアイデアに任されている点はユニークだ。そもそも何が正解なのかについて、現時点では行政側にも、AI技術を持った民間企業側にも分かっていない。だから最終的に3事業者すべてのアイデアが未採用になる可能性もある。

やってみないと分からないからそうしたと言えば言えるし、新しい領域だからこそ失敗しても許容されるのは民間企業ならある話かもしれないが、無謬性原則と言われる行政が、未知にチャレンジする姿勢はこれまでになく新鮮で頼もしい。

導入効果がまったくの未知数である技術の実装に行政が取り組むことは、公的研究機関などで実証された技術を適用するだけで良かった従来とは大きくことなる。「本当の新技術の開発」への挑戦と言えるだろうし、こうした行政のチャレンジ精神は社会課題の解決においては重要である。

一方、繰り返しになるが、目的を達成するための装置の仕様や方法を行政が定めることをせず、行政は目的だけを設定し、そのゴールに向かう道筋や方法は民間企業に任される。これは性能発注的な手法であり、民間企業にとっては柔軟に発想やアイデアを発揮しやすい共同研究の仕組みとも言える。それはつまり、行政にとっては想定以上のアイデアと成果を手繰り寄せるチャンスにもなる。

競争的な共同研究の仕組み(埼玉県下水道公社提供)クリックで拡大

ハード改良による省エネはほぼ限界。AIで仕組みを変革できるか

実はばっ気の電力負荷は全国的に問題視されている。これまでにもばっ気装置自体の省エネ化や、水に溶けて拡散しやすい微細気泡を発生できる装置など、電力使用量を削減するハードの技術は多く開発されてきた。

それに伴って温室効果ガスも減ってはきたが、菅政権が宣言したカーボンゼロを目指すには心もとない。埼玉県も例外ではない。県の事業の中で温室効果ガスを最も多く排出するのは下水道局であり、その比率は56.7%にのぼる。削減圧力は強いはずだ。

埼玉県における温室効果ガス排出量の部局別割合(埼玉県ホームページ参照し筆者作成)クリックで拡大

とはいえ、ばっ気装置などハードの改良・改善はほぼ限界に近付いていると筆者はみている。同公社の職員も「今ある設備や装置には大きく変更できる余地が少ない」と話す。

モノが変えられないなら、どうするか。「運転の仕組みを変革すること」(同職員)だ。「AIが大変革をもたらす1つのきっかけになる」(同職員)ことに期待する。

(編集著:奥田早希子)