上下水道のトレジャーハンティング

歩けばまちのニーズにぶつかる

公的不動産の活用やまちづくりの分野では、地域を巻き込んだ楽しそうなPPPプロジェクトが全国各地で見られるようになってきた。その中には、水辺を生かした事例もある。一方、上下水道のPPPはやや歩みが遅く、楽しそうなPPPは少ない。両者の違いはどこにあるのだろう。そして、上下水道PPPも楽しくなるのだろうか。そのヒントを、不動産活用やまちづくりのPPPに精通する矢部智仁・東洋大学公民連携専攻客員教授に伺った。

矢部智仁氏 東洋大学大学院経済学研究科公民連携専攻客員教授
住宅不動産業業界の動向調査や市場調査を通じて得た知見を活かして、業界向けや消費者向けに講演や寄稿実績を多く持つ。住宅不動産市場の専門家として国土交通省が設置する委員会等の委員を歴任。担当講義は「まちづくりPPPビジネス論」など。ハイアス・アンド・カンパニー株式会社執行役員


リスクの見積りが過剰すぎると動けない

――矢部さんはまちづくりや不動産活用に関連するPPPの知見が豊富ですね。そちらの分野に比べて上下水道PPPは個人的には歩みが遅いと思っているのですが、矢部さんにはどのように映っていますか。

あるプロジェクトのリスクとリターンを設計し、契約にのっとって当事者同士でリスクを配分する。それがPPPの原則ですが、水に関連するPPPが成立しにくいのは、リスクを過剰に見積もるというか、不確実なことが起きた後に起こるトラブルへの対応について過剰な見積もりがあるような気がします。

――水に関連するとは?

上下水道でも川でもそう。水辺を開放して子供が落ちて死んだらどうするとか。命は何より大切でもちろんその危険性は重大な危険と認識すべきだけれども、あえて言えば確率論的にはそんなに起こらない。にもかかわらず、起こさないために何をすべきかを議論もしないうちから死亡事故が起きたら責任をとれないからやらない、となる。

上下水道の余剰地を民間開放する場合も、誰でも敷地内に入れるようにすると病原菌がまかれる、その危険性をどう回避するかの責任は民にはとりきれない。今まではそこで止まってしまったのでしょう。

ですが、例えば今なら顔認証や生体認証など出入りする人を統治するテクノロジーがあります。企業がプライバシーマークを取得する時にも、誰でも入れるゾーン、社員のみ、特定社員のみ、役員のみなどゾーン分けしてセキュリティ対策をしますよね。

同じことは浄水場や下水処理場でもできるはず。それによって過剰なリスク見積りが緩和すれば、品川シーズンテラスのように下水処理施設の上に商業施設を作るような例が増えてくるのではないでしょうか。

――昭和53年に千葉県内の浄水場に過激派が侵入して廃油や殺虫剤を沈殿池に投入した事件があって、そのトラウマがあると聞いたことがあります。とはいえ、今でも官が管理しているとしても浄水場や下水処理場には割と簡単に入れますよ。官だから侵入しにくい、民だから侵入しやすい、ということではない。

きちんとリスク想定が設計されていないと、何か起こった時に民間開放したからだ、というオチになる。それは避けたいですよね。

ニーズを肌で感じるには、まちを歩かないと


(ImagePhoto by photoAC)

――下水処理場の上部空間や余剰地など、使っていない土地が上下水道には多い。使い方次第では儲けられるのに、使っていないのが本当にもったいないなと。

PPPにはリスクとリターンの設計があって、リターンの設計ができていないPPPはもったいないですね。ここを使ったらお金になる、こういう人が使いたいと言っている、そうしたことにチャレンジしていないということだから。

先日、ある自治体の方から相談を受けたんですが、そこは有名な庭園公園やロープウエイなどの観光資源を観光振興目的の行政財産として持っていて、その管理を指定管理で出している。でも、指定管理への期待効果と配分の設計がうまくできていないので、管理者側も大きな収益を生む工夫をしていない。行政としてはもっとインバウンドを獲得したいという話なのですが、これもリターンの設計が弱い。

――先日、下水道と都市計画の連携について対談していただいたのですが、その時に下水道のプロが、下水道では汚泥のバイオガス利用や下水熱利用を進めているが、果たして本当に地域の人に必要とされているのかどうか分からないという趣旨の話をされていました。下水道資源の使い道と、地域のニーズにズレがあるのではないかと。そのズレをなくすには、リターンを設計する前にニーズを探らないといけない。その点、矢部さんが取り組まれているまちのトレジャーハンティングは参考になりそうです。

まちのエリアサーベイですね。まちのアセットである遊休資産を見て回って、トレジャーを探します。

遊休不動産のある場所はマッピングすれば二次元で目視できますが、それがトレジャーかどうかは地図からでは分からない。その建物がどんな面構えをしているか、人の往来はどうか、反対側から道路を渡ってこれるか、どんな使い方をすれば人が集まってくる“ピン”(拠点、目印)になるか。そういったことを現地で確かめて初めてトレジャーかどうかを見極められる。これがトレジャーハンティングの1つの意味です。

もう1つは、エリアマーケティングです。人通りを見て、歩いてきた高校生においしいパン屋さんを聞いて、実際に食べてみたりして“ピン”になりうるものを見つける。住民が欲しいと思っているものがあるかどうか、まちを歩いてそれを肌で感じることを大切にしています。

翻って下水汚泥のバイオガスの場合、ガスインフラが整っていて不自由なく暮らしている人に使ってくださいと提案してどうなるか。スイッチコストが高いならやらない、で終わる気もします。

――下水道サイドの売り方は“モノがあるから売る”で、そのモノにニーズがあるかどうかは後回しになっている。“作ったら売れる”的なんですけど、作っても売れるわけではない。

それはサプライサイドの発想です。言い換えればプロダクトアウトであって、マーケットインではない。

NPM(ニューパブリックマネジメント)の考え方では、公共の役割は「サービスプロバイダー」から「マネジメントオブサービスプロバイダー」に変わるとされます。下水汚泥の話は前者で、公共が商品・サービスを開発し、作り、届けるというプロバイダー発想から抜け切れていない。

エネルギー供給において自分達より優れた効率で、低コストで生産している人がいたら、そこにマーケットはないし、レッドオーシャン(競争の激しい既存市場)だと普通は思う。その視点が欠けているし、議論されていない気がする。

ガスや電気など他のライフラインと一緒になってトータルエネルギーサービスができるとするなら、工夫の余地が見えてくるかもしれませんね。

地下を制する者が地上も制する?

――エネルギーだけではなくてもいいから、広く社会サービスプロバイダーのような考え方は面白いし、生活者にとっては福音です。ガスと電気のセット割のサービスは出てきたので、そこに上下水道が入るのを待っているんですけどね。

夢物語かもしれないけど、下水管を入れ直す時にお湯や熱を送る管も通すとか。家庭で購入している電気やガスのエネルギーのうち、3分の1 は給湯、3分の1は暖房で、半分以上は温める行為に使われているんだから、そのニーズに応えることは汚泥のバイオガスを売るよりチャンスは大きいと思う。

地下を握っている事業は強いですよ。地下のスペースを使う裁量を握っているということは、地下に何を通すかの権限を握っているようなものだから。

収入が減り、介護保険料や年金の負担は増え、一方で家計に占めるガス代や電気代のシェアはじわじわ高まってきている。お湯と熱を配って家庭のエネルギーコストをミニマム化して持続可能性を高めることは、社会的意義が高いと思います。

――下水管が老朽化し、そのリニューアル事業が進んでいますが、まちの課題やニーズ云々は関係なく、下水道の機能を維持するためにやるわけで。

マイナスをゼロに戻すまでですよね。そうではなく、ほかの社会課題を同時に解決してプラスにする発想です。地上で欲しているものを地下がどれだけ提供できるか。

――その答えを見つけるために、下水道でもまちのトレジャーハンティングをした方が良さそうですね。下水処理をどうする? 汚泥をどう使う? という発想から抜けられないし、プラスが生まれない気がします。

下水処理、汚泥処理をやらなくていいわけではないんだけどね。ただ、同時に、地域に暮らしている人が何を欲しいと思っているか、どうなったらうれしいのか、ということに無関心のままだと発想は広がらないですよ。

――上下水道系とまちづくり系の人たちの接点が生まれると、必ず発想が広がっていく。これ自論です。

水は人を集める強力なアイコンだ


道頓堀川「とんぼりリバーウォーク」(奥田撮影2017年12月)

――道頓堀川に「とんぼりリバーウォーク」という遊歩道ができたり、ミズベリングでは河原を活用した賑わい創出の取り組みがあったり、水辺と暮らし、まちが近づいてきたように感じます。

水辺のイベントにはなぜか人が集まりますね。理由は良く分からないけれど、水は命だし、水の近くにいたい、水のありかを把握しておきたいというのは本能的な欲求なんでしょう。

ただ、水辺でイベントをしても賑わいは瞬間的。だけど、そこがまちづくりや地域活性の活動を起こす場になる。楽しそうだからとか、友達の友達に誘われてとか、それまでまちづくりや地域資源を使って何かをしようなんて考えたこともなかった人が集まってきて、反応が起こっていく。そのきっかけが作られる場として水は強力なアイコンなんですね。

大阪の道頓堀川や土佐堀川では、川舟を出したり、景色を付加価値にする飲食店や川床ができたり、お金の流れにつなげているのは、いかにも“らしい”。お金を生まない場所、お金を生まない時間が流れていたのに、お金を生む場に変わって、人や情報の交流まで導き出す場に変わった。これも大きな意味でのPPPで、水のある場所はこうした場を形成しやすいんだと思います。

――公共の役割がマネジメントオブサービスプロバイダーだとすると、水辺空間と同じように、上下水道でも空間や資産を民間に開放して使ってもらったほうが面白い、という発想に変わっていくと面白いことが起こりそう。

1人の市民としては、自分が持っている家や貯金、ローン、家はいくらで売れるかなどバランスシートの資産が気になるのが普通なのに、公会計が単年度だから役人としては気にしなくていい制度になっている。最近はようやく資産台帳を作るようになって、変わってきた。

じゃあ上下水道のアセットは、どれくらいのリターンを生むか。今は水道料金、下水道使用料くらいしかリターンがないけれど、もっと増やすにはどうするか、それが問われるようになりますよ。

――今あるアセットを使い倒し、いかに収益を生み出すか。それはアセットマネジメントですよね。とある水道コンサルタント会社の社長さんが、上下水道のアセットマネジメントが重要だとおっしゃっておられました。その話を聞くまで、アセットマネジメントは、今ある資産の機能を維持することだと勘違いしていました。

それはプロパティマネジメントですね。アセットマネジメントは、資産を組み替えたり、ビルに機能を付加して家賃をあげる方法を考えたりすることです。

上下水道にもアセットマネジャーが必要という意見は正しいですが、例えば上下水道管は他に使い道があるんだろうか…。

――人が減ってきて、まちの端っこのほうから水インフラをたたんでいくとすると、使わなくなったパイプが出てきますよね。そのうちの大きなものはワインクーラーとか?

シェルターにも使えそう。
ところで、使わなくなったパイプをそのままにしておくと、後で上部空間を活用する時に確実に問題になります。アセットマネジメントで今あるものの最適化を考えることは大事ですが、これから仮に上下水道インフラをたたんでいくとするなら、廃棄した時のことも考えておく必要があるでしょう。

――このインタビューが、上下水道の資産を使ってまちを元気にし、楽しいPPPが生まれるきっかけになれば幸いです。ありがとうございました。

(聞き手:MizuDesign編集長 奥田早希子)
(撮影:佐々木伸)