水が決める企業価値

水でふるまいを律する企業

排出抑制型からCSVへ

企業の環境対策と言えば、かつては自社工場から汚いものを出さない「排出抑制」が主流でした。それが最近では、より良い環境、より暮らしやすい社会を創造する取り組みへとベクトルが変わってきています。「環境経営」や「CSR経営」などはその一例ですが、経済価値の一部を削り取って社会価値を向上する意味合いが強いそれら概念はもはや通過点に過ぎず、経済価値と社会価値の双方の向上を実現する「CSV経営」へと移行しています。

水に関しても同様の動きが見られます。

1958年に制定された水質保全2法(工場排水等の規制に関する法律、公共用水域の水質保全に関する法律)を基に「水質汚濁防止法」が71年に施行され、事業場等の排水に対する濃度規制が始まってから、企業の水対策と言えば自社工場での排水処理でこの規制をクリアすることでした。それが今、自社工場内でもなく、排水処理でもない。そんな従来の枠を飛び出して水と向き合い、水をマネジメントする企業が出始めています。

強制されなくてもやる

(Image Photo by photoAC)

日本コカ・コーラは自社の水マネジメントに「リデュース・リプレニッシュ・リサイクル」という一風変わった3Rの手法を導入している。肝となるのが「リプレニッシュ」で、直訳すると「補充する」「再び満たす」。満たされるものは同社が使っている水源で、そこを製品および製造で使用したと同等量の水で補充しようというのです。

とはいっても、適当な量の水を上流域に適当に補充するわけではありません。水量の同定の難しさもさることながら、補充するのも容易ではないはずですが、専門家の力を借りてまで調査を行い、あくまでも科学的根拠にこだわっています。

同等量を補充できた場合を「ウォーター・ニュートラリティー」と呼んでおり、2014年12月時点で原液工場を含む全23工場のうち3工場でそれを達成したそうです。20年までに全サイトでの達成を目標に掲げています。

使った水を使った場所に戻せ、という法律や規制があるわけではありません。誰に強制されたわけでもないのに、同社は自社工場を飛び出した領域で水と向き合っているのです。

製品が生活者のふるまいを変える

トイレ機器でおなじみのTOTOは、1回あたりのトイレ洗浄水の量を劇的に削減しました。同社ホームページによると、1975年以前には20リットルもの水を流していたそうですが、今では約4リットルで済む製品も開発されています。かつてのわずか5分の1というから驚きますね。

70年代と言えば高度経済成長期で、生産活動も暮らしも活発になって水使用量が増大し、水が足りなくなる懸念から節水志向が求められた時期です。そうした時代の要請に加え、水の節約が家計の節約と直接的かつ直感的に結びつくのですから、節水トイレはウケて当然だったと言えます。

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ここで注目したいのは、ほとんどの水洗トイレが以前に比べて節水型になった今、それらを買ったり使ったりする私たちはそう意識せずとも節水という行動をとらされてしまっていることです。マーケティング的に見れば、消費者ニーズに合わせて企業が製品を変えたわけですが、水マネジメント的に見ればその逆で、企業(製品)によって生活者の水に対するふるまいが変わったことになります。

同様の製品として思いつくのが、花王が世界で初めて開発に成功したすすぎ1回の洗濯用洗剤です。もともとは増えつつあった〝夜洗濯派〟のための時短グッズとして開発したそうですが、あらゆる層にウケてヒット商品となり、今ではメーカーを問わず液体洗剤のほとんどがすすぎ1回になっています。

生活者にも責任がある

こうした新しい市場の形成によって、私たち一人ひとりの水に対するふるまいが、知らず知らずのうちに節水型へと変革させられているのです。つまり、新商品が売れるという経済価値と、水資源の無駄遣い防止という社会価値が、同時に向上したわけです。これすなわち、CSVなのです。

ただし、節水型製品だからと言って何度もトイレの水を流したり、洗剤を入れすぎたりしては意味がありません。でも、何も考えなくても製品を使うだけで節水が実現してしまうので、生活者は水を意識しにくいですよね。つまり、どんなにCSV的な製品が開発されても、使い方を間違えれば製品が生み出す社会価値は最大化されません。私たち一人ひとりもしっかりと水に向き合い、水や製品を賢く使っていく責任があるのです。

(奥田早希子:「MizuDesign」編集長、東洋大学PPP研究センターリサーチパートナー)

「環境新聞」( 平成28年1月6日号 )に投稿した原稿を基にリライトしています