フランスを知って分かる日本の上下水道の今・未来(上)

東京大学下水道システムイノベーション研究室・加藤特任准教授/加藤裕之氏、EY新日本有限責任監査法人・福田健一郎氏に聞く

海外旅行に行って、初めて日本の良さに気づくことがあります。上下水道事業も同じ。海外事例を知ることで、日本の良さや課題への理解が深まります。このほど上梓された書籍「フランスの上下水道経営~PPP・コンセッション・広域化から日本は何を考えるか~」はそんな一冊です。共著者である東京大学下水道システムイノベーション研究室の加藤裕之特任准教授と、EY新日本有限責任監査法人インフラストラクチャー・アドバイザリーグループシニアマネージャーの福田健一郎氏に、フランスを知って分かる日本の上下水道の今と未来について伺いました。2回に分けてお届けします。(2020年6月5日ZOOMにて取材)

加藤裕之氏 東京大学下水道システムイノベーション研究室・特任准教授(左)、福田健一郎氏 EY新日本有限責任監査法人(右)

官民の関係性を学びとろう

――今回、フランスについて本も出版されましたが、フランスから一番に学んでほしいこと、伝えたいことは何ですか。

加藤氏 1つ目は財政にしても、組織にしても、流域単位で物事を考える仕組みが確立しているということです。

日本では水循環基本法などで「流域管理」と書いていても具体的にはまだ実現できていません。それがフランスでは作られていて、市民が参画する形になっていて、流域の生態系保全が関係者の目的として明確化されている。同じ目的、やり方にする必要はありませんが、日本もその仕組みを学ぶべきです。

2つ目は、組織論です。日本では上下水道事業を管理する組織は都道府県、市町村、事務組合とバリエーションが少ないのですが、フランスでは広域化を進める際に多様な組織が生まれています。

3つ目は、官と民の関係性です。日本では公共サービスを官がやるか、民がやるか、という二元論に陥りがちですが、官が戦略的に民を使っているように思います。

もちろん全ての自治体を見たわけではありませんが、官が自己分析をして(下図)、民よりも不得手な部分は民に任せる、そして民に学んで取り入れて、さらに自分たちのものにしていく、という発想を持っている自治体がいくつかありました。そして、官の方も民の方も、管理者である官がしっかりしないとPPPはうまく行かない、という考え方で一致しています。

書籍「フランスの上下水道経営~PPP・コンセッション・広域化から日本は何を考えるか~」

上下水道の運営組織は多様でいい

――福田さんはいかがですか。

福田氏 フランスでは10回ほど上下水道事業の現地調査を行ってきました。日本で水道事業にコンセッションの導入が検討され始めたことを受け、ここ数年は官民連携に着目してきました。(筆者注:コンセッションでは、官が所有する施設の運営権を民間企業が取得して運営する。官民連携の手法の1つで、2018年の水道法改正で導入が可能となった)

 水道法を改正してコンセッションを導入しようとする動きが出始めた頃から、「フランスでは民営化に失敗し、再公営化が進んでいる」という意見も出されていました。しかし、実際に現地調査した結果、状況はそう単純なものではないということが分かりました。

確かに再公営化された事業もあるのですが、官から民に運営を任せるようになった事業もある。今回、出版した本にも書きましたが、その任せ方がいろいろあって、状況に応じて使い分けている。官が100%出資する「会社」に委託することもあれば、3セクも増えています。上下水道事業を支える組織のあり方、多様性のあり方を知ってほしいです(下図)

書籍「フランスの上下水道経営~PPP・コンセッション・広域化から日本は何を考えるか~」

また、経営マネジメントを比較するためのKPIについても参考になると思います。日本では数が多いのですが、フランスでは水道で17、下水道で19の指標が厳選されて、制度化されており、国が情報収集して管理しています。

フランスの「スゴイ!」は生態系と流域管理

――フランスの「これはスゴイ!」という施策は何ですか?

加藤氏 先ほども言ったように、流域管理の目的が「生態系」であることです。欧州指令があるから、という背景もありますが「生き物のため」を第一目的に関係者が行動し、税金を投入し、活動するという考え方は、日本ではあまり見かけないし、簡単には意思統一されない気もします。

下水道にしても、日本では公共用水域の環境基準を守るための広域的・公益的事業と考えますが、フランスでは「生き物を守る」と考える。そのために税金を支払うことを国民も受け入れています。

 ちなみに水道はサービス事業なのでフランスでも税金はあまり投入されていません。

福田氏 フランスには「water pays water」(水に要する費用は水料金で賄われる)という大原則があります。この受益者負担の原則が、政府や自治体、企業、住民の共通認識となっています。上下水道事業は基本的に収支相償が原則ですが、目的税のような賦課金を水管理庁が流域単位で徴収します。

それを何にどう分配するかについて、大きな河川の流域ごとに、消費者、工場、政治家、行政などの関係者が集まり、流域環境を議論する流域委員会の仕組みがあります。その一方で、住民も参加してもっとローカルに水について議論する場もあり、住民理解につながっています。

こうした仕組みに地域の政治家も関与していることもポイントだと思います。日本では副市長は行政の役職の1つになっているような感覚ですが、フランスでは選挙で選ばれた政治家が勤めます。産業や交通など分野ごとの担当副市長が10人くらいいて、上下水道事業担当の副市長も置かれている事も多いのです。

こうした人たちは地域の水事業の責任者といえる人たちです。流域委員会や地元の会合などで住民や企業、隣接自治体の関係者と議論します。地域の水事業のあり方は地域で決める仕組みができていると感じます。

加藤裕之氏 東京大学下水道システムイノベーション研究室・特任准教授(加藤氏提供)

――日本でも流域管理は実現するでしょうか。

加藤氏 現在進めている自治体による上下水道事業の広域化は、自治体の境界をこえて融合していくには時間がかかるかも知れませんが、民間にはその境界がありません。例えば隣り合うA市とB町、C県とD県の施設を1社が管理するというような、民間がバインドするソフトな広域化が出てきています。まだ小さいことですが、そのような動きが流域管理にもつながっていくのではと思います。

また、ポストコロナがどういう社会になるか、ということにも関係しますが、今後は東京一極集中ではなく地方の自立や地域循環が改めて注目される動きがあります。その際、必ずしも流域ではないかもしれませんが、道州制や昔の「藩」くらいの都道府県よりも広いエリアで地域づくりを考えるようになっていくのではないか。その範囲が結果的に流域単位に近づいていく、という可能性も期待しています。

歴史文化的には流域は1つの単位ですし、水を移動させるにはエネルギー的にも効率的な単位です。広域化を検討する時は常に意識すべきです。

――流域管理はしかし、一人の生活者としては概念が「大きすぎ」「遠すぎ」ます。もう少し身近に水のこと、地域のことを考えられる仕組みはありませんか?

福田氏 フランスでは補助金の配分や中長期の水環境保全の計画は流域単位ですが、実際の事業執行については生活圏ごとに広域化して、ローカルで実施するということが法律で定められています。

こうした点はフランスでも議論があって、生活圏ごとに広域化していくというフランス政府の方針がよいのか、はたまた、本来は事業運営も流域単位で行うべきではないか、という議論もあるようです。何がいいのかフランスでも悩みながら進んでいるという感じです。

(日本水道新聞社発行)