埼玉県の下水道の仕事は、下水道事業の計画や建設を担う下水道局(県庁)と、水循環センター(下水処理場)の維持管理を担う下水道公社で行っています。新型コロナウイルス感染症拡大が危惧される中で、それぞれの感染対策について、下水道局参事兼下水道事業課長の若公崇敏さんと、下水道公社主幹の若狭公一さんに伺いました。(2020年5月11日ZOOMにて取材)
局:出勤する人→「減」、空間→「増」
――コロナ禍を乗り切るため、埼玉県としてどのような方針を第1とされていますか。
若公さん 下水処理機能を365日停止させないことを大前提としています。
――そのために、どのような体制をとられていますか。
若公さん 私が勤める下水道局では職員を2班に分け、各班が交代で、2日に1回はテレワークを行うようにしました。
下水道事務所など地域機関も含めて空いている会議室などを執務スペースにし、人の分散も心掛けています。出勤する人を半分に、空間は倍に、というイメージです。
また、国土交通省からの通知を受け、建設工事や設計などの受託企業の状況や意向を確認し、3密を回避できない場合は工事を一時中止することとしています。現在、合計で約100件程度の工事・業務委託を発注していますが、今のところストップした工事・業務委託はありません。
処理場:中央監視室の守りを固める
――下水道公社ではいかがでしょうか。
若狭さん 下水道公社には、全体を統括する公社本社と、いわゆる「現場」である下水処理場を維持管理する支社があります。
このうち本社では、時差通勤のほか、「いのちを守るSTAYHOME週間」(4/24~5/6)には、班分けと休暇を利用して通常の1/3くらいの人数で業務にあたっています。
支社は、目の前に下水処理場という現場があるので、時差通勤のみで対応せざるを得ない状況です。公共交通機関を利用する職員は出勤時の混雑を避けるため、出勤時間を朝7時半まで、あるいは10時としました。車通勤などそれ以外の職員は通常通り8時半からの勤務です。
メンテナンスなどは民間企業に委託していますが、埼玉県の下水処理場ではその委託先の企業も含め、大幅に人員を減らすことは困難です。
その民間企業の方々には、通常使用して頂いている事務室のほか、別の大きな会議室を開放して使っていただいたりしています。
とりわけ堅固に守りを固めているのが、下水処理場の肝である中央監視室です。中に入れるのはその日の当番の班員のみ。指示や連絡があるときは、アクリル板を挟んで会話をしたり、電話を掛けたりしています。入口に関係者以外立入禁止の注意書きをはっており、下水道公社の職員でさえ中に入ることはできません。
公社職員も民間社員も、立場は関係なくみんなで必死に「365日稼働」を達成しようと工夫を重ねています。
自宅からのテレワークで処理場の遠隔監視はまだ難しい
――現場では人を「減らさない」のですか、「減らせない」のですか。
若狭さん 罹患者が出たら少人数体制に移行する計画にしていますが、今は罹患者が出ていないので通常体制をキープしています。
――下水処理場では監視システムを導入されていると思います。それを利用して在宅で監視することはできますか。
若狭さん 下水処理場の監視システムはインターネットに接続されていないので、それは現時点ではできません。セキュリティーを確保するため外部とは遮断されています。
また、埼玉県の下水処理場は大規模で、機器点数が多く、そのすべてにセンサーを付けている訳ではありません。仮に付いていたとしても、監視員が巡回してチェックする作業を省くことはできません。
こうした状況が昔から続いてきましたが、コロナ禍をきっかけとして、今後は、遠隔監視や遠隔制御の検証が進み、いずれ在宅リモートの時代が来るかもしれません。
既存BCPに新型コロナ対策を肉付け
――BCPにパンデミックは含んでいましたか?
若公さん 新型インフルエンザ流行時に対応する県庁全体のBCPがあり、下水道局としての危機発生時の優先業務を定めたものではありましたが、実践的ではありませんでした。また、下水道局として作成したBCPは主に地震を想定したもので、パンデミックは想定していませんでした。
先ほど罹患者が出たら少人数体制に移行すると申し上げましたが、新型コロナウイルス感染拡大を受け、改めて具体的な対応を決めたものです。
若狭さん 下水道公社も同様です。BCPは地震対策を基本に作られることが一般的だと思います。それがパンデミックにまったく合わないというわけではないのですが、バシッと一致しない。コロナ禍の対応は、最悪の事態を想定しながら、新しく考えた部分がほとんどです。
ただ、地震対応のBCPを作っておいたお陰で、業務の洗い出しができていたことは助かりました。それを基にどの業務は人数を減らしても継続できるか、優先順位をランク付けし、対応職員の配置を計画し直しました。
若公さん 下水道局では埼玉県庁全体の中で、他部局の支援なども行っています。
私もゴールデンウイーク中に、新型コロナに関連する緊急事態措置相談センターの電話相談窓口の応援に行きました。そのほか、保健医療部局や保健所の現場の支援などに、下水道局からも職員を派遣しています。
これらの他部局支援が、下水道事業の365日継続への対応と同時並行で進んでいます。
感染対策は一人一人の工夫の集大成
――新型コロナウイルスは未処理の下水の中では10時間ほどで失活するとされていますが、感染者の糞便由来の新型コロナウイルスが含まれる可能性はあります。どのような感染防止対策をとられていますか。
若狭さん 新型コロナだからといって、特別なことはありません。今までも普通にやってきたように、手袋やマスク、場合によってはゴーグルなどで防御することです。
ですが、正直なところ、みんながみんなゴーグルを確実につけているかというと、そうではなかったところもあります。
コロナ禍において、改めて汚水からの接触罹患を避けることを肝に銘じ、未処理汚水に接触する場所ではゴーグルや手袋等で防御することなどを徹底しています。
若公さん 感染防止対策の徹底については、国から県へ、県から市町村や公社へ、通知が届いておりますが、国や県が対策徹底の後ろ盾となる論拠を示し、きちんと対応していくことが重要です。
若狭さん 現場の作業員や職員が下水の飛沫に触れるリスクを、100%減らすことはできないでしょう。私自身も手に触れたり、飛沫が顔にかかったりしたことがあります。
だから現場のみんなも感じるところがあり、国や県から指示が出る前から気を付けるようになっていました。処理場内で「こうしよう」「ああしよう」と工夫しながら、そして、互いに3密を避けつつ工夫を共有しながらやっていくことで、より一層みんなでやっていこうという雰囲気になってきています。
――工夫や情報はどのように共有されていますか?
若狭さん 新型コロナの影響が出始めた2月ころ、公社本社から支社の現場に、どう指示を出せばいいか分からない時期が続きました。その時、現場の工夫を共有することが大事だと思い、公社本社を中心に情報を集めて、支社などに展開するようにしました。
最初はメールが中心でしたが、今はオンライン会議アプリのZOOMを使って打合せをしています。様々な手段を駆使して、情報共有についてはより「密」になるように心がけています。
――衛生管理用の物品は足りていますか?
若狭さん マスクについては下水道公社にストックがあるので、いざという時にはそれを使えますが、今のところ個人が調達する範囲でやりくりできています。
ただ、マスク、消毒液、手袋などの衛生用品が手に入りにくくなっているのは事実です。メンテナンス業務の委託先のうち、ある会社は物資の手配が難しく、値段が高くても身を守るために買わなければならないという話を聞いたことがあります。
――業務に支障は出ていませんか。
若公さん 多少遅れている案件もありますが、緊急事態宣言が解除されましたので、今後挽回したいと思います。
また、下水道管渠の中に入って行う作業は、流入水量が少ない冬場に集中して実施します。秋口まではそれほど現場作業が多くはないので、現在、感染リスクの高い作業は少なくなっています。
下水道使用料の減免について
――上下水道料金を減免する自治体もあります。
若公さん 埼玉県内の大半の市町村でも、新型コロナウイルスの影響により支払いが困難な方に対し、支払いを猶予するなどの措置が取られています。
県下のいくつかの自治体が全戸に対し水道の基本料金を一定期間免除していますが、それら自治体に問い合わせたところ、現時点では下水道使用料は据え置く予定と聞きました。
水道事業は財務的に比較的余裕があるところが多いのに対し、下水道事業は、一般会計からの基準外繰入れなど、財務状況は厳しいという点があるかと思います。
また生活排水処理の場合は、下水道を使っている人もいれば、浄化槽を使っている人もいて、下水道使用料だけを減免すると不公平感が出るという点もあるかもしれません。
さらなる電子化、遠隔監視は時代の流れ
――新型コロナウイルスの感染拡大から得られた教訓はありますか。
若公さん 更なる遠隔監視の導入は必要だと痛感しました。ちょうど今年度から、新河岸川上流水循環センターへの遠隔監視システムの導入を進めており、3年後の令和4年度末を目標に、別の下水処理場からの遠隔監視と巡回点検に移行する予定です。
また、実際にテレワークをやってみて、役所内には電子化できていない書類や手続きが多いと感じました。今回のことをきっかけとして電子化を進めていけば、より効率的な組織運営・事業遂行が可能となると思いますので、職員にも積極的なテレワークへの対応や電子化を促しています。
若狭さん 中継ポンプ場などは、数十km離れた場所から遠隔監視をしたり、遠隔制御できます。昔は現地で操作していました。できるところだけでも遠隔監視を進めておいて助かりました。
今後は、下水処理場の遠隔監視を次のフェーズに上げることですね。また、流量計のデータは電子的に記憶媒体に蓄積されるのですが、その記憶媒体を現地に行って回収しなければならないといったアナログな作業が残っている部分もあります。さらなる電子化、ICTの活用は、新型コロナとは関係なく、時代の流れとして加速するはずです。
そのほか、新型インフルエンザが流行した際にマスクとアルコール消毒液を各支社にストックしてあり、これで助かった部分が多くありました。
手洗い、うがい後の水は下水処理場で受け止めます!
――下水道機能を継続するために、一人一人にできることは?
若公さん 新型コロナウイルスの感染者数が一定程度抑えられている要因の1つとして、衛生環境の良さが指摘されています。それが本当なのかどうかわかりませんが、もしそうであれば、その一翼を担っている下水道インフラに携わるものとしては喜ばしい限りです。
医療従事者はもちろんのこと、スーパーの店員の方などには、多くの方が感謝の思いを直接的・間接的に伝えるという空気が醸成されていますし、大変素敵なことだと思います。
下水道インフラ、特に現場従事者も同じくエッセンシャルワーカーなのですが、みなさんの思いが必ずしもそこまでは届いてはいないかと思います。こうした生活に不可欠なみなさんの努力をどうやったら世間のみなさんに認知していただけるのか、今回のことをきっかけに考えたいと思います。
若狭さん 下水処理場では“通常通り”が一番処理しやすく、効率的に運転できます。極端に水の使用量を増やさない、逆に減らさないように、通常通り使っていただければと思います。
――その他、言っておきたいことなどありますか。
若狭さん 電車通勤も怖いし、下水処理場では飛沫がかかるかもしれない。本人も怖いでしょうが、ご家族も心配されていると思います。ゴールが見えない中、ビクビクしながら、それでも「365日稼働」に向け、みんなで頑張っています。
みなさんはしっかりと手洗いをし、うがいをしてください。それで汚れた水は、しっかりと下水処理場が受け止めます。