IoT・デジタル化、脱炭素、 SDGs 、コロナ、人口減少、整備時代の終焉など、世の中に見られるいくつかのトレンドが各社の経営にどのような影響をもたらすのか、その影響を見据えて各社はどう経営戦略を変革(トランスフォーメーション)するのか。新連載「経営トランスフォーメーション」では、経営の変革に挑む経営トランスフォーマー達へのインタビューを通してインフラ事業の羅針盤を示す。
※月刊下水道とのコラボ連載です(2022年7月号掲載)
【連載】経営層シリーズインタビュー<6人目>ベルテクスコーポレーション 土屋明秀社長
ゼネコンや総合エンジニアリング会社を除き、上下水道インフラ業界で上場している企業は少ない。その中でこの3年間で株価を2.8倍に伸ばした注目株が、ベルテクスコーポレーションだ。下水道管や浸水対策用のボックスカルバートなど、コンクリート製品を手掛ける同社の戦略は「売上を減らす」という驚きのもの。にもかかわらず、なぜ株価アップという市場評価を手繰り寄せることができたのか。同社の経営トランスフォーメーションの神髄を、土屋明秀社長に聞いた。
コンクリート老舗4社の統合を促した市場の縮小
同社はもともと4つの個別の会社だった。1924年創業の羽田コンクリート工業を筆頭に、1935年創業の日本ゼニスパイプ、1941年創業の羽田ヒューム管(ハネックスに改称)、1955年創業のホクコンと、いずれも古くから日本の経済成長をコンクリート製品で支えてきた老舗ばかりだ。
1970年代から下水道整備が本格化し、年々増額される下水道事業予算に呼応するように、各社の売り上げは伸びた。「作れば売れる時代でした」(土屋氏。以下同)。
潮目が変わったのは、下水道普及率が58%となった1998年のこと。ここから下水道事業予算は漸減し、各社の売上も精彩を欠いていった。
それに危機感を覚えた日本ゼニスパイプの当時の伊藤社長に請われ、2005年に土屋氏が同社に入社した。そこから畳みかけるように4社の統合、提携、合併が怒涛のように進んだ。
2011年には株式移転の方式により日本ゼニスパイプとハネックスの完全親会社として持株会社「ゼニス羽田」が設立され、翌年には株式交換によって羽田コンクリート工業を完全子会社化、2014年に以上の3社が合併して事業会社「ゼニス羽田」を発足し、この機会に持株会社の商号をゼニス羽田ホールディングスに変更した)。さらに2018年にゼニス羽田ホールディングスとホクコンが株式移転の方式で新持株会社ベルテクスコーポレーションを設立、2021年にはその傘下のゼニス羽田とホクコンが合併し、ベルテクスを発足させた(図表1)。
土屋氏が日本ゼニスパイプに入社してから、この間わずか16年、その5年前に自らが社長に就任するまで、一貫して経営参謀として時の経営者を支え続けた。
質の悪い売上をそぎ落とす
2社が合併した場合、単純に考えれば売上は最低でも1+1=2になるはずで、普通ならシナジー効果で2以上の売上増大を期待するはずだ。しかし、土屋氏は「売上は戦略的に下げてきました」と豪語する。
「2014年の3社合併の時、3社合わせて210億円ほどの売上を160億円まで下げる計画を立てました。それは3年で実現できました」
売上を下げる戦略は、一見すると発展の逆張りの禁じ手のように映る。しかし、売上にも質の良い売上と、質の悪い売上げがある。前者は言い換えれば高い利益率が得られる売上、後者は利益率が低く、場合によっては売れば売るだけ赤字になる売上だ。土屋氏が見渡したところ、同社では道路側溝や農業用製品などの汎用品が、質の悪い売上を生んでいた。
「汎用品を作れる会社は多いし、品質もほぼ同等だから、他社よりも多く売るためには値下げするしかありません。この価格競争に巻き込まれ、100円の製品を40円で売る。その結果、売れば売るほど売上は増えるが、赤字は拡大していました」
こうした質の悪い売上を生む製品や事業を、順次そぎ落としていった。一方、自社にしかできない製品やサービスについては値上げする、という強気の改革を進めた。選択と集中は、スズキで自動車販売の営業マンだった経歴を持つ土屋氏にとっては「経営の常とう手段」であったが、当時の(もしかしたら今もかもしれないが)コンクリート製品業界では稀有の戦略だった。そして、社内外に反発の嵐が巻き起こった。
管理会計の基本的手法で社員の理解を促した
質が悪いと言っても「売上がある以上、欲しがっている顧客がいるわけだから、売り続けるべきだ」という意見もあった。「買ってくれなくなる」と値上げに猛反発されたこともある。売上が下がれば給与も下がるという漠然とした不安が、社員にこうした意見を言わしめた。
これに対し、土屋氏は一目瞭然の数字を用いて説明を繰り返した。ある時は材料費から工場での作業量、設計や営業の労力まで精査して、個別製品ごとに原価をはじき出して見せた。
「工場では様々な製品を製造していますが、それまでは工場全体の入り口と出口を比較して黒字ならOK、すなわちすべての製品が儲かっている、となんとなく思っていました。しかし、細かく分析すれば、全体で黒字でも、儲かっていない製品があることに気づけるのです」
製品ごと、あるいは事業ごとの業績分析は珍しい手法ではなく、いわゆる管理会計の基本である。しかし、それができていなかった。そんなことを考えなくても作れば売れる。そんな時代を長く過ごした経験が、そんな時代はとっくに終わっていたにもかかわらずに意識変革を遅らせていた。
「『作れば売れた』のは仕事があったからであって、仕事がなくなれば売れなくなるのは当然です。経営者は、それを時代のせいにしてはなりません。どんな会社でも自社にしかない「強み」があるはずです。『ベルテクスだからこそ』を理解し、求めてくれる顧客に対し、『ベルテクスだからこそ』の製品を提供する。それを儲かる製品として育てる。それを見極め、かじ取りするのが経営者だと思います。社員にとっても、これまで儲かっていない製品にかけていた労力を、儲かる製品に充てた方が給与も上がる、ということは容易に想像できるはずです」
売上減でも営業利益は2.4倍、株価2.8倍に
土屋氏の改革は、今のところシナリオ通りの成果を上げている。2019年3月期と2022年3月期の数字を比較してみよう。
売上については、ホクコンを統合した影響で2020年にいったん増加して390億円となったが、その後は(こんな言い方も妙だが)順調に375億円まで減少している。
これに対し、営業利益は25億円から61億円へと2.4倍、営業利益率は8.5%から16.4%へと1.9倍に急拡大した(図表2)。それが市場で高く評価され、株価を1099円から3120円へと2.8倍に押し上げた。
「無駄をそぎ落とし、筋肉質の会社」になってきた。
そして、実績が何よりの原動力となり、社員の意識も変わってきた。
「以前は客が離れるからと値上げに反対していた社員が、もう少し値上げする、と言うようになりました。もちろん不当な値上げではなく、これまで安売りしていたものを適正価格に戻すだけです。適正価格があるということは、顧客であるゼネコンや行政にもご理解いただきたいと思います」
モノからコトへ、『ベルテクスだからこそ』を追求
経営層と社員が同じ方向を見つめるようになったら、強い。これまで売上を下げる戦略で臨んできたが、今後は一転して売上アップを狙う。2022年度から2024年度までの中期経営計画で目指すのは、売上高410億円だ。
それを実現するための次なる戦略は「モノからコトへ」である。コンクリート製品を長く、安心して、使い続けられるようアフターサービスにも力を入れていく。
その象徴的存在が、RFID事業(Radio Frequency Identification。近距離無線通信を用いた自動認識技術。タグのデータを電波を用いて非接触で読み書きするシステムのこと)である(写真1)。
上下水道インフラのような地下に埋設された施設のIT管理を可能にするもので、金属製品や屋外の過酷な環境下でも使える『ベルテクスだからこそ』の技術だ。「今後は当社製品にすべて搭載したい」と意気込む。
『コンクリートの総合診断病院』をコンセプトに、コンクリート構造物の調査・診断を展開するM・T技研も傘下に入り、着々とコト化が進む。
もちろんモノに関しても手は抜かない。従来から利益をけん引してきた立役者「落差マンホール」(写真2。豪雨で大量の雨水が一気にマンホールに流れ込んだ時に発生する乱流を抑制し、スムーズに雨水を下水パイプに流し込むことができるマンホール)をはじめ、既存技術より3割ほどコストダウンできる無電力の地中熱冷暖房など、『ベルテクスだからこそ』をますます追求していく。
「モノを売って終わりではなく、1つの製品のライフサイクルの流れを通して、顧客に何が提案できるか。そこを考えないと生き残れません。まだまだチャンスはいっぱいあると思っています」
最近では腸内環境を整える乳酸菌事業や、アグリ事業も展開する。ベルテクスファーム房総で栽培した「フルティカトマト」(写真3)は甘いと好評だという。
同社の事業領域は、暮らし全般に広がっていくようだ。今後、どのような暮らしのカタチを提案していくのかが注目だ。