都市に降った雨は、地下に埋まっているパイプに集まり、河川などに放流されているが、ご存じの通り最近はその機能が追い付かず浸水が頻発している。そうしたエリアに街路や緑地を整備すれば、雨水の一部をそこに集めて浸水リスクを軽減しつつ、緑も増やすことができる。
このように持続可能で魅力あるまちづくりにつながる自然の機能(生物の生息・生育、良好な景観、気温上昇の抑制など)や、それらを整備したりする取り組みは「グリーンインフラ」(GI)と呼ばれる。
茨城県守谷市ではGIを活用してビールを作るという魅惑的な取り組みが行われていると聞き、ビールを飲みに取材に行ってきた。
この記事のコンテンツ
■緑を減らさないことも、GIの取り組みなんだ
■市民の気持ちを「緑」で1つにする
■ホップでグリーンカーテンを作ろう!
■ホップを作るなら、ビールも造っちゃえ!
■行政マン、店舗営業をする
■GIで一石四鳥を目指す
緑を減らさないことも、GIの取り組みなんだ
守谷市はGI事業として、守谷産ホップを使った特産ビール「MORIYA GREEN BEER」製造に真っ先に取り組んでいる。取材前はGIといえば緑を増やす活動だと無意識に思い込んでいたけれど、取材をさせていただいてその考え方がガラッと変わった。
守谷市が大切にしているのは、今ある緑を減らさないこと。そのことは緑を増やすことと同等以上の価値をもたらすはずだ。
この「MORIYAビールプロジェクト」(と勝手に命名)の推進のカギは、ちょっと変わった行政職員が握っていた。
市民の気持ちを「緑」で1つにする
山手線「北千住駅」からつくばエクスプレスに乗り換え、各駅停車でも30分ほどで守谷市の玄関口となる「守谷駅」に到着する。つくばエクスプレスの車窓から見ても一目瞭然のように、守谷市は緑が多いまちだ。
都心へのアクセスに恵まれた好立地のため、開発志向は決して弱くはないという。古くからの住民ほど緑があるのが当たり前すぎて、都市化を求める傾向があるそうだ。逆に新しい住民は緑を求めて移住してきた人が多く、公園や自然に積極的に触れ合おうとする人が多いらしい。
これはあくまでも一例で、すべての人に当てはまるわけではないが、市民一人一人が胸に抱く守谷市という「まち」の未来像は決して1つではない。もちろん1つである必要もないのだが、守谷市としては「緑」についてはまちのウリというか、シンボルとして位置づけ、緑でまちの魅力を高め、他市との差別化を図る。少なくともこの一点については、市民全員で意識を共有したいと思っている。
市民の気持ちを緑で1つにする…。ホップの生産と、そのホップを使ったビール「MORIYA GREEN BEER」が、結果的にそのフックとなっている。
ホップでグリーンカーテンを作ろう!
2017年に守谷市と株式会社福山コンサルタントが包括連携協定を締結し、グリーングインフラを推進することとなった。緑をウリにしている守谷市ならではの取り組みとして、まず、若手職員を中心に部署横断的に19課から20名が集められ「GI推進庁内検討会」が設置された。
いくつかのアイデアが出された中で、もっとも実現可能性が高いと思われたのがホップのグリーンカーテンであり、さっそく実行に移すことになった。この時点ではビールの「ビ」の字も出ていない。
GIの一環としてホップを育て、グリーンカーテンを作ってみようという、現在の活動と比較すると気軽で手軽なノリだったようだが、これがMORIYAビールプロジェクトの端緒となった。
ホップを作るなら、ビールも造っちゃえ!
ホップのグリーンカーテン活動に取り組むことが決まったのが2018年の2月頃。その実行は、2カ月後の4月に企画課に異動してきたばかりの新しいGI担当、南﨑慎輔氏に任されることになった。
着任早々、南﨑さんが直面したのは「ホップの植え時は4月」という現実。急がないと時機を逸する。急いで苗を注文し、全部で30株をプランターに植え付け、市役所本庁舎の入り口に飾った。ここまでをなんとか4月中に終えることができた。
南﨑さんによると、この時点でもまだ「ビールを造り、販売することは考えていなかった」とか。しかし、育っていくホップを見た市民や職員から「ホップの実を何かに使えないか」という声が上がり「ホップと言えばビールでしょ!」ということでビールを造ることになったという。
このあたりの流れも軽いノリでスピード感があって、なんとも楽しい。なんというか、行政っぽくない(行政の方、すみません)。
ホップ=ビールという発想が出たのは、南﨑さんが酒好きだったからではない(何を隠そう南﨑さんはお酒が飲めないのだ)。守谷市にはアサヒビールの国内最大の工場がある。ビール消費量が世界2位のアメリカ、同じく5位のドイツとは、それぞれグリーリー市、マインブルク市と姉妹協定を結んでいるなど、何かとビールに縁があったが故だ。
「MORIYA GREEN BEER」発酵中(写真提供:守谷市)
しかし、アサヒビールから醸造面でサポートは得られたものの、ホップの生産量が少なすぎて醸造を委託できないことが判明。もちろん企画課でも不可能だ。少量でも醸造してくれる会社を探した結果、株式会社DHCに委託することとなった。
DHCは化粧品や健康食品、サプリなどで知られるが、2015年6月より静岡県御殿場市に工場を構えビールの醸造を行っている(これもおいしい)。DHCと守谷市が連携協定を結んでいたという縁に恵まれた。
行政マン、店舗営業をする
MORIYAビールプロジェクトの初年度は市役所でホップ30株をプランターに植え付けただけだったが、それでも5000本のビールを製造できた。やはりビールという形になり、味わってもらえたことの力は大きく、ホップ生産の協力団体は徐々に増えている。同時にビールの製造量も増え、2年目は9000本、3年目の2020年度は2万本の予定という。
それと合わせ、南﨑さんは取り扱ってもらう店舗の開拓にも余念がない。守谷市は免許を持たないため、醸造と同じく、販売することもできない。どこかの店舗に置いてもらうしかないのだ。地元の酒屋を回り、北関東を中心に展開するスーパー「カスミ」の茨城県つくば市の本社にも出向き、売り場で扱ってもらえるように営業もした。
営業をする行政マン、というのは珍しいのではないだろうか。南﨑さんはヒゲをたくわえておられ、その点でも行政マンとしては珍しい部類だろう。しかし、このちょっと変わった行政マンがいなければ、今のような人や組織のつながりは生まれず、MORIYAビールプロジェクトは楽しい企画にはならなかったと思う。
今ではイオンタウン守谷のように、ホップの生産とビールの販売に名乗りを上げてくれる会社も出てきたという。
GIで一石四鳥を目指す
MORIYA GREEN BEERの仕組み。売上の一部(1本あたり40円)で次年度のホップ苗を購入する(図提供:守谷市)
MORIYAビールプロジェクトは、あくまでもGIの一環だ。3年をかけて市民の認知度が高まったところで、次はビールをフックに市内に残る緑や自然との接点を作っていく段階に進む。
これまでにも収穫後のホップのツルを乾燥させて保管しておき、クリスマスリースを中学生と一緒に製作するなどの活動をしている。リースに飾る実を市内の公園等で探してもらうのだ。これは守谷市独自の市民生活総合支援アプリを使って、市内の植物や昆虫などをスマホなどで市民から投稿してもらう「いきもの調査隊」という事業と連携させている。
南﨑さんは言う。
「GIの目的を1つだけで終わらせず、一石二とか三とか四鳥を目指したい。行政だけではなく、市民、市内の商店、企業や学校などみんなで参加して、楽しんで、シビックプライドにつながればうれしい。守谷版GIはハード事業よりソフト事業を重視していますが、自然の開発を抑制することは、雨水貯留浸透施設を作るのと同じ意義があると思います」
取材から帰った日の夕食で「MORIYA」ビールをいただいた。とても、おいしかった。
※公益社団法人雨水貯留浸透技術協会の機関誌「水循環 貯留と浸透」に編集長の奥田早希子が投稿した記事をご厚意で転載させていただきました
※2020年11月取材