SDGs(持続可能な開発目標)を無視して企業経営ができない時代が始まろうとしている。それと表裏一体で、利益だけではなく社会・環境・統治を重視したESG投資の機運も高まってきた。しかし、果たしてSDGsやESGを意識した経営で、日本企業は強くなれるのだろうか。2017年に第1回「ジャパンSDGsアワード」(本部長:内閣総理大臣、持続可能な開発目標推進本部)で特別賞を受賞した伊藤園の常務執行役員CSR推進部長であり、「経営に生かすSDGs講座」(環境新聞社ブックレットシリーズ)を今月に上梓した笹谷秀光氏に、新たな社会の要請を企業の力に変えるコツを伺った。
笹谷秀光氏(株式会社伊藤園 常務執行役員CSR推進部長)
東京大学法学部卒業後、農林省(現農林水産省)入省。環境省大臣官房政策評価広報課長、同省大臣官房審議官、関東森林管理局長などを歴任し、2008年退官、同年伊藤園に入社。2010年取締役、2014年より現職。日本経営倫理学会理事、グローバルビジネス学会理事、特定非営利活動法人サステナビリティ日本フォーラム理事、学校法人千葉学園評議員、宮崎県小林市「こばやしPR大使」、文部科学省青少年の体験活動推進企業表彰審査委員(平成26年度より)、地方創生まちづくりフォーラム「まちてん」2016、2017実行委員長も務める。最新刊「経営に生かすSDGs講座」(環境新聞社)、「協創力が稼ぐ時代―ビジネス思考の日本創生・地方創生―」(ウイズワークス社)、「CSR新時代の競争戦略―ISO26000活用術」(日本評論社)
SDGsという世界の共通言語を使いこなす
笹谷氏は今月「経営に生かすSDGs講座」(環境新聞社)を上梓した。「環境新聞」での連載記事に最新のシンポジウムなどの内容も盛り込まれたSDGs入門書であり、分かりやすい解説書でもある。その中で笹谷氏は、日本企業にSDGsへの早期導入を訴えている。
「『持続可能な開発』という概念を提起したのは、1987年の国連環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)が公表した報告書『我ら共有の未来(Our Common Future)』です。それ以降、社会・環境課題がますます深刻化する中で、経済・環境・社会のトリプルボトムラインの重視や、2010年のISO26000「社会的責任に関する手引」の発行など、次々に関係者の社会・環境の持続可能性への要請が高まってきました。
最近では、投資面からも、環境(E:Environment)、社会(S:Social)、企業統治(G:Governance)を重視するESG投資が加速しています。Eではパリ協定、EとSとGでSDGs、Gでコーポレートガバナンス・コードの開始があった2015年は節目の年であり、ESG元年であると考えています。
今後のESG対応にも有益な羅針盤がSDGsです。2017年暮れにSDGsの優れた取り組みを表彰する第1回ジャパンSDGsアワードが、政府の『持続可能な開発目標(SDGs)推進本部』より発表され、2018年は、いよいよ、日本企業もSDGsを競争戦略に活用する「SDGs実装元年」となるでしょう。
そして、2020年の東京五輪の調達・イベント運営ルールや2025年の日本万国博覧会の大阪誘致でもSDGsが基本となる。以上のタイムラインを念頭に置いて、日本企業はSDGs先進国を目指して本業力を発揮すべきです。
企業の間でもSDGsへの関心が急速に高まっていますが、大きな特色はESG投資との関係で話題になっていることです。2006年に国連のアナン事務総長(当時)が機関投資家に対し、ESGを投資プロセスに組み入れる「責任投資原則」(PRI:Principles for Responsible Investment)を提唱しました。PRIの署名機関数は世界中で年々増加、2017年4月時点で1,700を超える年金基金や運用会社などが署名しているのです。
日本では、運用資産額約140兆円という世界最大の機関投資家である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が2015年9月にPRIに署名し、ESG投資の推進を明確化しました。これは投資界をはじめ関係方面に大きな影響を与えています。
著書ではこのような情勢にかんがみ、SDGsとは何か、その活用がなぜ企業に必要か、ESGとの関係は何か、ジャパンSDGsアワードの意義は何かを中心に執筆しました。伊藤園SDGsモデルの事例も盛り込んでいます。これがSDGs先進国への道筋への一助となれば幸いです」
「経営に生かすSDGs講座ー持続可能な経営のためにー」(環境新聞社、800円税別)
社会の要請を把握しなければ、信頼を得ることはできない
伊藤園は「ジャパンSDGsアワード」特別賞の以前から、日本水大賞経済産業大臣賞やエコプロダクツ大賞農林水産大臣賞など、持続可能性に関する多くの賞を受けてきた。2016年にはビジネス誌「フォーチュン」が選ぶ「世界を変える企業50社」に仲間入りし、その経営手法は国内外から高く評価されている。常に世界に向けてアンテナを張り、新しい国際規格や動向をいち早く経営に取り入れてきたであろうことが、これら受賞歴から推察される。
国連が、世界共通の目標としてSDGsを策定したのが2015年のこと。そこからわずか2年後に「ジャパンSDGsアワード」を受賞したのだから、今回もやはり動きは速い。
常に経営理念を刷新し、さぞや最先端の考え方で臨んできたのだろう。そう思っていたのだが、取材を進めるにつれこの予想は良い意味で裏切られていった。新たな枝葉を広げるには、太く安定した幹が必要なのだ。その幹とは、創業以来、変わることのない社是『お客様を第一とし、誠実を売り、努力を怠らず、信頼を得るを旨とする』である。
「社会の要請を把握しなければ、お客様の信頼を得ることはできません。今、社会から求められているのは、経済至上主義ではなく、環境課題や社会課題を解決して持続可能であることです。SDGsの17ゴールは、いわば今の社会の要請であり、それを受け止めて事業をし、信頼を確保する。
SDGsの17ゴール
とはいっても、会社の全事業と17ゴールを関連付けることは、ゼロからのスタートではいかにも大変です。実践だけでなく、理論と体系が重要だと思い、私は日本経営倫理学会・グローバルビジネス学会などの理事も務めています。その理論を会社の実践に応用してきました。
やはり、国際的に通用する羅針盤が必要です。当社にとってのそれが、いち早く導入したISO26000(社会的責任の手引、国際規格)です。2010年に発行し、2012年度からの中期経営計画に組み込みました。これも社是そのものにCSRの意味合いが含まれていたからです。
その後、2013年にはポーター賞(一橋大学大学院国際企業戦略研究科主催。競争戦略に優れる企業に贈られる)を受賞したことをきっかけに、同賞の名前のゆかりであるマイケル・E・ポーター氏が提唱されていた共有価値の創造(CSV)もさっそく取り入れました。
そんな時に、SDGsが提示されたのです。SDGsは先進国・途上国全てに普遍的に適用される世界の持続可能性の「共通言語」です。すでにISO26000によってCSRを本業でとらえ直し、CSVの観点も加えて事業モデルを作り、『CSR/CSV経営』を推進していたおかげで、SDGsもスムーズに理解し、自分事化することができました。
主力製品である『お~いお茶』の歴史を振り返ると、世界で初めて缶入り緑茶飲料の開発に成功したことや、PETボトル入り緑茶飲料(1.5L)を発売したのも世界初です。また、業界に先駆けてホット対応PETボトル緑茶製品を発売しました。商品開発でイノベーションを進めてきたからこそ、ビジネス手法についてもイノベーションを進められるのです。
ISOにしてもSDGsにしても、お仕着せではなく、何事も自分事化して取り組んでいく。このマインドも『お客様第一主義』という経営理念によるものです」