SDGsで企業は強くなれるのか。

伊藤園の笹谷氏が語る”力”のコツとは?

「自分事化」がモチベーションを向上

笹谷氏の口からは、「自分事化」という単語が繰り返し発せられた。確かに同社の「統合レポート2017」を見ると、「調達」「製造・物流」「商品企画・開発」「営業・販売」というサプライチェーンの各段階の事業目標が、SDGsの17ゴールを使って説明されている(表)。各ゴールのアイコンも列記されているので、各事業とSDGsとの関連が一目瞭然で分かりやすい。さらにはSDGsとISO26000との関係性はもちろんのこと(図)、最近の潮流であるESG課題(環境、社会、統治)との関連性も整理されている。

こうして社会の要請を“会社として”自分事化した結果、今では“社員一人一人の”自分事化にもつながっている。これこそが、同社の社是を具現化し、社会の信頼を得ながら持続的に活動していくための強く大切な力である。そして、それが組織としての力、さらにはブランド価値の向上につながっている。会社と社員との間で好循環が回り始めている。ISO26000とSDGsとの関係が分かりやすく整理されている(「統合レポート2017」より)

「SDGsの17ゴールと経営や事業を紐づけることで、ビジネスチャンスを獲得し、リスク回避ができます。競争優位が確立する一方、社会課題を解決しながら事業ができるということでCSVをバージョンアップできます。

緑茶のバリューチェーンをSDGsで分析をしてみると、ビジネスチャンスとして例えば『調達』では茶産地育成事業がSDGs目標2、8、12、『製造・物流』では茶殻リサイクルシステムがSDGs目標7、9、12、『商品企画・開発』ではカテキンの開発がSDGs目標3などのSDGsとの関連が見えてきます。それらすべてがSDGsに紐づけされているので、どの部署、どの事業を担当していても、ビジネスモデルの全体を俯瞰しながら、社員一人一人が自分が社内のどの位置にいるのか、どのような世界課題と関係しているのかを理解できます。
サプライチェーンとSDGs、ESGとの関係が分かりやすく整理されている(「統合レポート2017」より)

社員は最初はSDGsが遠い存在と感じることがあるかもしれませんが、仕事と関連付けることで身近になり、自分事化できるようになります。自分が世界課題と関連し、社会と接点を持っているという意識が生まれれば、社員のモチベーションも高まります。

SDGsが共通言語になって部署間あるいは社員同士の相互理解も深まりますから、営業部門や販売促進部門から“調達の強みである茶産地育成事業をアピールしよう”という発想も生まれてきます。SDGsによってセクショナリズムが打破されるわけです。

各セクションの取り組みだけでも評価していただけることもあると思いますが、サプライチェーン全体として持続可能なビジネスモデルを見える化している点が、「伊藤園SDGsモデル」として社外からの高い評価につながっているのだと思います。

「発信型三方良し」でSDGs実装元年に備える

2010年以降、企業経営にとって重要な出来事が相次いでいると笹谷氏は指摘する。箇条書きにすると次のようになる。

2000年~ トリプルボトムラインの流れ(企業の経済的・社会的・環境的側面の重視)
2010年  ISO26000発行
2011年  CSVの提唱
2015年  パリ協定発効、SDGs策定、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のPRI(責任投資原則)署名、コーポレートガバナンスコード、「ESG元年」、
2017年  GPIFがESGインデックス発表(1兆円を振り向け)、第1回「ジャパンSDGsアワード」

そして2018年の今年を「SDGs実装元年」と位置付ける。

商人の心得として受け継がれてきた「自分良し・相手良し・世間良し」という「三方良し」の考え方はSDGsの理念と共通するため、今の流れは日本企業には有利なようにも思える。しかし、高崎経済大学の水口剛教授は本サイトのインタビューで「日本のサラリーマンは日本は環境先進国だと思っているだろうが、海外からはそう見られていない」とし、三方良しに甘んじず、海外からの評価とのずれを認識すべきと指摘していた。日本企業には今後、世界に広がる大きな波をいかに経営の原動力に変えていけるかが問われている。

「三方良しを社是や理念に取り入れる企業は多い。しかし、隠徳善事で、徳と良いことは隠すというメンタリティが色濃く残っているのではないでしょうか。このように発信を抑えていたのでは、ESG投資で世界中の投資家とシームレスにつながっている時代にも関わらず何も伝わりません。

少なくとも企業における従来の三方良しは、これからのグローバル社会では通用しないでしょう。顔が見えないので仲間も増えず、オープンイノベーションも起こりにくい。

私は新たな三方良しとして『発信型三方良し』を推奨しています。何を発信するかを考え、整理する際に、SDGsは世界共通かつ世界標準の羅針盤になるはずです。

当社の茶産地育成事業は、発信型三方良しの代表例だと思っています。茶葉農家との契約栽培に加えて、新産地事業も行い、この新産地事業では、当社にとっては高品質茶葉調達の安定性確保、農家にとっては全量買い取りによる経営の安定化、社会的には耕作放棄地の活用と食料自給率向上につながります。また、この内容を英語でも的確に発信する。それがフォーチュン誌の評価につながりました。
茶産地育成事業は笹谷氏が推奨する「発信型三方良し」の好事例だ(伊藤園の社員:右とパートナー。伊藤園提供)

そのほか、水関連では、『お茶で日本を美しく。』『お茶で琵琶湖を美しく。』プロジェクトが特色です。例えば、琵琶湖で行っているヨシ刈りも好例です。『お~いお茶』の売上金の一部を寄付するのみならず、地域の方をお招きし、社員も活動に参加しており、社員の環境教育と地域の水質保全につながっています。こちらは日本水大賞の経済産業大臣賞を受賞しました。
「お茶で琵琶湖を美しく。」プロジェクトは社員の環境教育と地域の水質保全につながってている(伊藤園提供)

社内向けの発信も重視しています。伊藤園統合レポート2017では、社長はもちろんのこと、各部門のトップにSDGsとの関連を語ってもらっています。トップが語っているとなれば、社員も”語れないといけない”と思いますよね。SDGsのマークの意味と内容を知らないで伊藤園社員ではいられないという勉強意欲がわきます。2011年から行っている社内表彰制度『CSR大賞』も社内浸透を図る有力なツールになっています」

今でこそSDGs先進企業の位置にある伊藤園だが、一朝一夕にそこまで到達したわけではない。最初の一歩は決して大きくなかったはずだ。まだSDGsに着手していない企業は、まず事業や取り組みとSDGsの17ゴールを線でつないでみることから始めてはどうだろう。小さな一歩の積み重ねが、企業の将来の力につながることは間違いない

(聞き手:MizuDesign編集長 奥田早希子)
(撮影:佐々木伸)