日比野設計の子ども施設は、雨遊びで「大人」も「子ども」も成長する

雨を待つワクワクと、水たまりができる感動を

株式会社日比野設計は、多くの自然や段差、水たまりができる場所などを取り入れた子ども施設の設計で高く評価されています。自然も段差も子どもには危険個所に成り得ますが、反面わくわくする場所でもあり、そこでの遊びや学びが創造性や社会性を育むために欠かせないそうです。代表取締役会長の日比野拓さんに、雨水を使った遊び方や設計理念などについて伺いました。
(編集長:奥田早希子が雨水貯留浸透技術協会誌「水循環 貯留と浸透」に投稿した記事をご厚意により転載させていただきました)

園内の水たまりで遊ぶ子どもたち

子どもが大人になれる環境を作る
だからカラフルさやキャラクターはいらない

2015 年にグッドデザイン賞を受賞された熊本市の第一幼稚園では、建物と建物の間にオープンスペースがあって、かといって地面がむき出しなのではなく、コンクリートが打たれていて、半分オウチ、半分オソトのような空間がある。実はそのコンクリートにはわずかなくぼみがつけられているんだけど、普段は気づかないかもしれない。なのに雨が降ったらそこに雨水がたまり、突如として水たまりが出現する。

これは大人にも面白い仕掛けですね。日比野設計が設計される幼稚園やこども園は、野山があったり、屋内ブランコがあったりで、これまでの幼稚園のイメージがまったく通用しない。大人も子どももわくわくするだろうな、と写真を見るだけで
も想像できます。どのような設計理念に基づいているのでしょうか。

普通は大人が子どものレベルに下がっていってデザインすると思うんです。するとカラフルで、キャラクターを描いたりするデザインになる。そこが私たちと異なるところ。

私たちは逆のアプローチで、子どもを大人のレベルに引き上げて考え、子どもが大人になりたいと思う環境とはどのようなものか、を大切にしています。

確かにどこにも、赤やピンクなど派手な色はありませんね。あるとすれば、緑や赤など木々や花々の色だけ。建材の木目の色や壁なども基本は白かグレーなどで統一されていて、大人びた空間に感じます。

そう。決して子どもじみていない。だけど、子どもが入ればとたんにカラフルで、幼稚園らしい空間に様変わりします。派手な色やキャラクターは不要なんですよ。

ここでは子どもが主役、つまり一人一人が際立ったキャラクターなんだから、他のキャラはなくてもいいんですね。

大人になれる空間にするために、本物の材料を使うことにはこだわっています。プラスチックでできた偽物の木の建材は確かに使い勝手はいいし管理もしやすいですが、それは大人の都合に過ぎません。

子どもはそんなことよりも、触って気持ちいいことがすべて。本物の木は時間が経つと痛んでくるし、腐ってもくる。だけど、そこにこそ学びがあるんです。

雨の降り方、水たまりの大きさ…
刻一刻と変わる自然が子どもを刺激する

熊本市 第一幼稚園

設計デザイナーになられた当初は、いわゆる普通の幼稚園なども手掛けておられたと思いますが、なぜ方針転換されたのですか。

当事務所は父が創業して50 年が経ちます。以前は普通の子ども施設も扱っていましたが、20 年ほど前に現在のようなデザインに特化しました。きっかけは自分自身の原体験です。わくわくする方がおもしろいし、楽しかった。

だけど、当時は、というか今もそうかもしれませんが、子どもの施設は安全第一の傾向が強くて、わくわくは危険とみなされる。それは違うよなぁって。

段差を登ったり、川の水を触ってみたり、そんなわくわくすることから子どもは興味を育みます。なのに大人は、ダメって言ってやらせないようにして、子どもが挑戦する心を奪ってしまう。それは教育の本質ではないと思いませんか。

確かにクッションで守られたような環境で育つと、危険察知能力が身につかないかもしれません。日比野さんがデザインに取り入れようとされている自然環境は、時には危険でもあるけれど、たくさんの“わくわく”が潜んでいる。最高の遊び場であり、最良の教材なのかもしれません。

自然だけではありません。室内にはわざと、たくさん段差を作るようにしています。すると、子ども達は勝手に段差の使い方を考え始めます。

1 段目からトンと飛び降りてみる。それができたら、2 段目からのトンに挑戦する。段差は危ないと思う幼稚園教諭や親御さんもいると思いますが、子どもはそうやって成長していくものだと思うんですよね。

ただ、子どもは成長とともに、どんどん新しいものやことに挑戦したくなって、人間が作る環境だけでは限界が出てくる。

一方、自然は刻一刻と変化します。秋になって葉が落ちる。その落ち方でさえ、毎秒違うし、あの葉とこの葉でも違う。雨の降り方、降る場所、水たまりの大きさも違う。なんで違うの? なんで? なんで? なんでがいっぱい。そのすべてが子どもの刺激となり、学びとなる。やはり自然には叶いませんね。

雨で水たまりができるか、できないか。
予測できないから子どもは面白がる

水たまりを楽しむ子供たち

水たまりができる第一幼稚園では、水たまりを楽しんでくれていますか。

水たまりに足を浸したり、ぱちゃぱちゃしたり。逆に静かな水遊びとしては、水たまりに入らずに鏡にしたり、移りこむ景色を楽しんだり、プロジェクターで水面に映像を投影したり。夏祭りで金魚すくいとか、使い方は無限大です。

それ以外にも子どもたちが新しい遊び方を開発してくれそうですね。

実はオープン当初、先生方は危ないものができた、遊ばせられないという認識で、使ってもらえなかったという経緯もあって…。だから、そうなると本当にいいですね。

そうだったんですか。責任問題を問われるので危険回避の傾向が強くなることも理解できます。

わくわくしつつ、どの程度まで危険を受け入れるか、その線引きは大人の課題ですね。

さらに実はなのですが、水たまりができるところ、くぼみをつけたコンクリート床の上部は電動で屋根を開閉できるようになっていて、設計当初は晴れの日には屋根を開けて、くぼみにホースで水道水をためて遊ぶ。逆に雨の日は屋根を閉めちゃおうと思ってたんです。

――え、そうなんですか。

それがですね、工事の途中で雨が降って、雨上がりに現地に行くと水たまりができていた。それを見た時に、これだと思いました。雨の日にこそ屋根を開けたほうがいい。雨が降って、水たまりができる。そのほうが感動しませんか。

人為的な水たまりはいつでも作れますが、今日は雨が降るかなぁ、明日かなぁ、水たまりはできるかなぁと期待したり、思ったほど雨が降らずに水たまりが小さくて残念に思ったり。そんな人間がコントロールできないところの面白さもあると思います。

子どもがたくさん遊ぶと親にもプラスになる

左が日比野さん(右は編集長:奥田)

いっぱいわくわくする幼稚園は、子どもたちの身体だけではなく、心の健康や成長にもつながるそうですね。

私たちがデザインする施設では、子どもたちに外で遊ぶ機会を与え、その楽しさを知ってほしいと思っています。今は危険を理由に大人がその機会を奪い取ってしまっているのが現実ですが、知れば面白さに気づきます。

この事務所の下の階で運営している保育園「KIDS SMILE LABO」に来る子どもたちを見ていると、最初は段差を警戒する子が多く、遊べない子もいるのですが、年上の子に教えてもらったりして自然と自分でも遊び方を創造できるようになっていきます。きっかけがあれば発想力が増す。

段差などの小さな挑戦ができる環境を日常生活に設けることで、子ども達は少しずつ成長していきます。私たちが目指していることは、子どもを預かっている間だけ安全に過ごしてもらうことではなく、外にある様々な危険にも対処できるよう、子どもの成長を見守ることです。

上手に段差を登れるようになった子どもの姿に、親も先生も「安心して外に出せる」と少しずつ子どもを信頼できるようになっていくのです。

何か特別な取り組みをされているわけではないんですよね。

特別なことはやっていません。教育メソッドがあるわけでもありません。遊びを多く取り入れ、子どもがやりたい気持ちをだめと言わずにやらしてあげることを尊重しているだけです。

雨の後に水たまりで泥遊びなんて、その典型ですよね。泥だらけになることを嫌がる親御さんもいますけど。だけど、例えば内向的でしゃべらなかった子が自分で動くようになり、顔色や目の表情が変わっていく。面白いもので、それを見て親御さんも一緒に変っていくんですよね。

子どもはたくさん遊び、学び、創造性を発揮して、それが親にもプラスになる。私たちのデザインする施設の役割はそれにつきると思います。

――ありがとうございました。


「子ども×自然=無限の可能性」

日比野設計は事務所のあるビルの2 階で運営している保育園「KIDS SMILELABO 」の松下かおる園長に、雨での遊び方や子どもたちの様子を伺いました。

子どもたちを雨や水たまりでいっぱい遊ばせていると伺いました。

そうですね。雨上がりには近くの公園まで散歩に行き、そこにできる大きな水たまりで遊んでいます。大きな水たまりは子ども達も楽しみにしていて、どろんこ遊び、水遊びの活動の場となります。

子どもたちはどんな様子ですか。

雨の日には窓の外を眺め、大きな水たまりができることを楽しみにしている子どもの姿があります。外を眺めるだけではなく、雨の日にもレインウエアを着て雨の日散歩にいきます。

時折空を見つめ大きな口を開けて雨水を口に入れたり、水たまりを見つけては飛び込みに行ったり。

いつも行く公園も雨の日は違う景色に見えますし、レインウエアや長靴、雨の音、雨後の太陽で暖められた土や水たまりの暖かさを感じ、五感をフル稼働して、たっぷりと水たまり遊びと雨の日を楽しんでいます。

雨や水たまりを嫌がる子はいませんか。

嫌がるというよりも、雨に対しての苦手意識をまだ持っていないというのが近いでしょうか。

1 歳児のころからレインウエアを着て雨の日散歩にでていますので、子ども達は雨も、服が濡れることすら楽しんでいます。

園長として大切にされていることは?

「子ども×自然=無限の可能性」であり、子どもの心が弾む音が聞こえます。だからこそ、自然と触れ合う中で子どもがやってみたいことをやる、行動する、自由に遊ぶことを大切にしています。

大人の都合に縛られない時間に、子どもの芽はグッと伸びますからね。自然と共生する場は、時に怪我や失敗も経験しながら、子どもの志向性や価値観を豊かに育んでくれると考えています。

設計監理者:日比野設計+幼児の城/写真提供:Studio Bauhaus Ryuji Inoue