比較的大きな病院には、院内で使用されたトイレなどの排水を処理する施設が併設されています。その施設が故障したりすれば、医療機能も喪失します。そうならないように設備をメンテナンスするのが、医療系排水処理の維持管理会社です。とある維持管理会社に、作業員の皆様の心情や現場の今を伺いました。(2020年5月にZOOMにて取材)
作業ではどうしても排水に触れざるを得ない
――医療系排水の種類や処理方法を教えてください。
血液や体液などを含む「感染系排水」、トイレや厨房などから出る「生活系排水」、「レントゲン排水」、大学附属病院では「実験系排水」などがあります。
それら排水を下水道に放流しても良い水質になるよう処理するのが私たちの仕事です。一定量の排水を大きな水槽に貯留し、中和したり、消毒したりすることが多いです。大規模な病院では生物処理(編集部注:微生物の働きで排水中の汚濁物質を分解処理すること)なども組み合わせてもっと高度な処理を行い、処理水をトイレ用水などに再利用することもあります。
――具体的な作業内容を教えてください。
ポンプやスクリーン(編集部注:排水に含まれる固形物を除去する装置)など機械設備や、pH計など水質計測機器のメンテナンスが主な業務です。
排水に浸かっている計測機器もありますので、そのセンサー部分の清掃などは排水に触れずに作業することは不可能です。さらに水中ポンプのメンテナンスなどでは、排水が飛沫となって空気中に漂い、部屋中に充満することもあると思います。
新型コロナウイルスに限らず、医療系排水処理の現場では病原菌や様々なウイルスのリスクは高いと認識し、以前から相応の感染対策を実施してきました。
作業前にメンテナンス動線を脳内シミュレーション
――新型コロナウイルスの感染が拡大してから、現場作業での感染対策に変化はありますか?
基本的な部分は変わっていません。マスク、ゴム手袋は常時着用しています。ただし、使用後に洗ってまた使っていたゴム手袋は、1回使ったら廃棄するようにしました。
排水や飛沫を体に浴びる可能性がある場合は、さらに加えてカッパのような作業着を装着します。これも1回で破棄すべきなのでしょうが、入手困難な時期は使いまわしたり、「ここぞ」という作業でだけ着用したりしていました。
――働き方の面での感染対策はいかがですか?
事務専門の社員については、交代で在宅勤務にしたり、時差出勤を導入したりして、社内で密を作らないように気を付けています。
一方、現場はインフラとしての機能を止めることができませんから、現場に行かざるを得ず、働き方を大きく変えることは容易ではありません。そこで、現場作業の効率化を進めています。
例えば作業を開始する前に、同じ通路を2回通らなくてすむ作業動線はどうか、何の作業をどうやるか、といった脳内シミュレーションをしてから設備のある部屋に入るようにしています。作業効率を高めることもそうですが、行ったり来たりしないことで感染リスクを下げる狙いもあります。
また、作業員は直行直帰にし、事務所の人間との接触を極力避けるようにしています。
感染の恐怖あっても医療系排水処理から逃げない
――BCPでパンデミックは想定されていましたか?
先ほども申し上げた通り、医療系排水を扱う職場なので、以前から感染リスクは認識していましたし、衛生管理についての意識も他業種とは異なって高い方だったと思います。
ですが、ここまでの事態は想定しておらず、リスクはあると認識しながらも、それが仕事として常態となってしまって「慣れ」が生じていたというか。。。コロナ禍に直面して「やはりリスクは存在したんだ」と改めて襟を正しました。
人間が生きている限り、汚水は出続けます。私たちのような汚水処理に携わる職業は、その現場から逃げることができません。今でも日々、作業員は感染の恐怖と闘いながら仕事を続けています。そのことを、世間の皆様にもご理解いただけると励みになります。
――コロナ禍を経て、得られた教訓はありますか?
先ほども申し上げた通り効率的なメンテナンス動線は、もっと早く確立させておくべきでした。
また、今後、ICTやAIの活用で無人化できる作業もあると思いますが、設備の交換や油を注すなどは、やはり人の手が必要です。ですからマスクやカッパなどは、1回の作業を終えるごとに使い捨てできるよう、ある一定量を常備しておくべきです。ただし、そうすると経費が増えてしまうのが悩ましいところです。
一方、当社では下水汚泥から製造したたい肥を販売しているのですが、コロナ禍以降、販売先からたい肥に病原性菌が含まれていないかどうか、成分分析をしてほしいという声が増えています。そうするとまた経費が増えます。
こうしたコストを排水や汚泥の発生者側とどう分担していくのか。これは今後の課題です。