エッセンシャルワーカーを支えるエッセンシャルワーカー達
新型コロナウィルスの医療現場では、医療従事者の皆様が日夜、感染予防や診療などに尽力されている。また、スーパーや郵便など、暮らしに欠かせない職業に従事される方々が、私たちの日常を支えてくれている。本当にありがとうございます。
生活に必須の職業に従事している方々は「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる。その中には「あるのが当たり前」すぎて意識されることは少ないけれど、私たちの日常を、そして、エッセンシャルワーカーを、また、エッセンシャルワーカーが働く現場を支えるエッセンシャルワーカーがいる。上水道や下水道、廃水処理などの専門家である水インフラ従事者だ。
アメリカ国土安全保障省は2020年3月18日、新型コロナウイルスの感染拡大を受け「重要なインフラストラクチャの労働力に関するガイドライン」を公表した。その中で特定された16の重要なインフラセクターの中に「Water」(水インフラ)は含まれている。
感染予防の基本である手を洗うための水を作るのが上水道の仕事、洗った後の水を処理するのが下水道や廃水処理の仕事。つまり彼らは国民の公衆衛生を守る最前線にいると言える。
テレビや新聞などの報道ではほとんど触れられることはないが、水インフラ従事者というエッセンシャルワーカーがいるということを、まず心に留めておきたい。
在宅勤務できなくても、「現場」を止めない。
コロナ禍の今、水インフラ従事者はどのような働き方をしているのだろう。
例えば上下水道の仕事場は、自治体の役所・庁舎などと、「現場」に大別できる。「現場」とは下水処理場や浄水場のことだ。それら施設と家庭とはパイプでつながれているが、その工事現場も含む。
上下水道サービスを直接的に生産しているのが「現場」ということになる。日本の上下水道サービスは「24時間365日」が基本だ。そのために水インフラ従事者が最も大切にしているのが「現場」を止めないことである。鶴岡市上下水道部参事兼下水道課長の有地裕之氏は「浄化センター(下水処理場)を死守する」と断言する。
上下水道の事業責任は自治体にあり、サービス提供は民間企業も担う。つまり「現場」では多くの民間企業の社員も勤務する。「現場」の死守とはつまり「現場」で働く自治体の職員と民間企業の社員を感染から守ることと同義である。
しかし、「現場」を感染リスクから守ることは、役所・庁舎のそれより難しい。当然のことながら、新型コロナウイルスの感染拡大が懸念されるようになってから、できる限りテレワークや時差出勤が取り組まれているが、「現場」ではそれにも限界があるためだ。
工事発注など事務的な業務は一部テレワークが可能だが、下水処理場などの運転管理や設備の点検・整備は、モノがあるその場所に行かなければ何も始まらない。
遠隔地から下水処理場等の運転を制御したり監視したりするICTの導入も進んでいるが、発注予定金額など極秘情報を扱うため、外部ネットワークから孤立させているケースがほとんど。だから、家のパソコンからインターネット経由で装置を制御する、そんなことはできない。ましてやパイプが破損して水が噴き出したり、詰まったりしたら、現場に駆け付けなければ何もできない。
テレワークをやりたくても、全面的にはやりきれない。水インフラの「現場」では今この瞬間も、ジレンマを抱えながら、「恐怖心と戦いながら」(首都圏の下水道関連の公社職員)、感染リスクと隣り合わせの業務が続いている。
下水道の「現場」のこと
下水道の現場では、とくに感染リスクへの注意が必要だ。
新型コロナウイルスは感染者の便から排出され(日本環境感染学会「医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応ガイド第 2 版改訂版ver.2.1」)、下水処理場まで流れ着くことが報告されている。
これは余談だが、日本水環境学会 COVID-19タスクフォースによると、下水処理場に流れ着いたウイルス濃度の変動を追うことで、感染の第2波や第3波、あるいは収束を察知できる可能性があるという。同タスクフォースは実際、下水の疫学調査に乗り出している。
新型コロナウイルスは、それと似たSARSコロナウイルスと同様に下水中では8時間程度で失活し、下水処理の最終段階で行われる塩素消毒により、感染リスクは相当程度低減できると考えられている(2020年3月9日、国土交通省下水道部事務連絡「新型コロナウイルス感染症に係る対応について」)。
つまり、処理後の下水が放流される河川などで新型コロナウイルスが拡散する可能性は低く、私たちの公衆衛生は下水道事業によってしっかりと守られていると考えられる。しかし一方で、8時間を経過していない未処理の下水がある場所で働く水インフラ従事者は、感染リスクに注意しなければならないことも意味する。
例えば、下水道パイプの中や(大きな口径の下水道パイプの点検や修繕、リニューアルの際には内部に人が入ることがある)、下水処理場に流れ着いた下水が処理を待つ最初沈殿池と呼ばれるプールがそれにあたる。
そうした「現場」で働く方々は、マスクや保護メガネの着用、頻繁な手洗いと手指消毒、器具消毒などで感染から身を守っている。
どうか自己防衛してください
「現場」でのウイルス感染対策は、なにも新型コロナウイルスに始まったことではない。下水にはさまざまなウイルスが混入しており、以前から対策は徹底されていた。
そのはずだったが、驚くべきことに実態はそうではなかった。国土交通省下水道部が2020年3月13日から18日にかけて行ったアンケート調査の結果からは、「現場」には「慣れから生まれる気の緩み」とでも呼ぶべき状況があることが浮き彫りになった(2020年3月30日、国土交通省下水道部事務連絡「新型コロナウイルス感染症に係る対応について(作業従事者の感染予防対策に係る保護具の適切な着用等のお願い)」)
回答数2,382のうち、マスクの着用は8割弱、保護メガネは5割弱にとどまっていた。事務所でのシャワー・入浴、保護具や器具等の消毒は3割強しか実施されていない。
繰り返しになるが、水インフラの従事者はエッセンシャルワーカーであり、国民の公衆衛生を最前線で防衛する人達だ。そこが崩れれば、医療崩壊すら起きかねない。どうか、エッセンシャルワーカーとしての自覚を持ち、自己防衛に努めていただきたい。
そして私たちは、医療従事者に対すると同じようにそういう人たちへの感謝の思いと、彼らの健康を願う気持ちを忘れずにいたい。
日本では24時間365日、上下水道サービスが止まることは無い。やむなく停止することがあるのは大規模な自然災害や事故の時だが、今回のコロナ禍では浄水場や下水処理場が破損したわけではない。サービス停止のなんの言い訳もできない中で、いや、できないからこそ「24時間365日」の使命を全うするために尽力する姿がそこにはある。
水インフラ従事者の「今」を連載でレポートする。
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