浄化槽リノベーションでまちも暮らしもハッピーに

「浄化槽法の一部を改正する法律」の施行にあたって期待すること

改正浄化槽法をより効果的に運用するため、環境省が設置した「浄化槽リノベーション推進検討会」に編集長・奥田早希子が委員として招聘され、生活者目線での意見を述べてきました(委嘱期間は2019年7月~2020年3月27日)。発言のまとめに今後の期待を追記した原稿を、月刊「浄化槽」(公益財団法人日本環境整備教育センター発行)の5月号の特集『「浄化槽法の一部を改正する法律」の施行にあたって期待すること』に投稿しました。同センターのご厚意により、転載いたします。

はじめに

 筆者はこれまで環境専門紙の記者として、またフリーの記者として、浄化槽をはじめとする生活排水処理などを取材してきました。本特集の他の執筆陣とは異なり、浄化槽の専門家ではありませんので「浄化槽」を深堀りすることはできないことを最初にお断りしておきます。

ですが、その代わりに「浄化槽」や「下水道」といった単一カテゴリーの枠にとらわれることなく、「生活者にとってより最適な生活排水処理のあり方とは何か」を浅くとも広くとらえ、取材するように心がけてきたつもりです。

周知のとおり、浄化槽は個人所有で個人管理、下水道は公共所有で公共管理です。浄化槽はユーザー便益だけのもの、下水道は社会便益も担うものと言い換えることができるかもしれません。しかし、「浄化槽と下水道は異なるモノなのか?」という疑問を常に感じていました。

人口減少や公共財政のひっ迫、施設の老朽化とその更新費用の増大など、浄化槽も下水道も同じ社会課題に直面しています。その中で「浄化槽関係者の、浄化槽関係者による、浄化槽のための解決策」を模索しても、「下水道関係者の、下水道関係者による、下水道のための解決策」を議論しても、生活者にとっての最適解を引き出すことはできないでしょう。

下水道が担う都市雨水の排除機能は別にして、今こそ「浄化槽も下水道も、どちらも同じく生活排水処理サービスを提供するための手段である」という意識改革が必要なのではないでしょうか。そのためには「浄化槽=個人」、「下水道=公共」という既成概念を捨て、両者をイコールフッティングに近づける必要があります。今回はそのきっかけになる法改正が行われたと考えています。

改正されたからには、私たちの暮らしやまち、社会に良い変革をもたらすように運用されなければ意味がありません。本稿では生活者目線に立ち、改正浄化槽法への期待をまとめます。

社会的インパクト① 官の責務がより明確に

 筆者が今回の改正で社会に大きなインパクトをもたらすと考える事項は2つあります。

1つ目は、これまで個人任せであった浄化槽の維持管理において、官の責務がより明確になったことです。都道府県知事に対し、浄化槽に関する台帳整備の義務が規定されました。また、都道府県・市町村は、浄化槽管理者や工事業者、清掃業者など関係者による協議会を組織することが推奨されています。

浄化槽処理促進区域の設定が可能になり、また、官が維持管理する公共浄化槽の制度も新たに規定されました。

これら制度のいずれもから「浄化槽の適正な維持管理に官も責任を持つ」という意思と意欲が見て取れます。

社会的インパクト② 浄化槽を生活排水処理インフラに

官の責務が明確になればなるほど、より放っておけなくなるのが単独処理浄化槽でしょう。

国内には平成30年度末時点で合併・単独合わせて約756万基の浄化槽があり、その約50%にあたる約381万基の単独処理浄化槽が残ります。それらを速やかに合併処理浄化槽に転換するため「特定既存単独処理浄化槽」が新たに規定されました。

官の責務をより明確にすることで、単独処理浄化槽の合併化が今以上にスピーディーに進むことになれば、それだけ公共用水域の保全につながります。

このことはつまり、浄化槽を「個人便益」のみならず「『社会便益』にも資する生活排水処理インフラとして位置付けていく」、つまりは「下水道と同じ生活排水処理サービスの一翼を担う事業にする」という意思だと筆者はとらえています。

PPPによる維持管理でユーザー便益の確保を

繰り返しになりますが、改正浄化槽法は今後、その理念に基づいて適正に運用されなければ意味がありません。浄化槽リノベーション推進検討会に提出した意見書(下図)を基に、改正法への期待、注意すべき点などについてユーザー便益と社会便益という2つの視点で考えてみたいと思います。

(図をクリックすると拡大します)

まずユーザー便益について考えます。法改正で官の責務は増えると考えられます。それによって下水道とイコールフッティングになり、公共用水域の保全などにつながるとはいえ、だからと言って維持管理費が高くなってしまうことは、ユーザーとしては受け入れがたいことです。

やはりユーザーにとって「安い」ということは最も分かりやすい便益と言えます。その便益を確保する手段として、民間企業のノウハウを活用するPPPに期待しています。とりわけ設置時だけではなく、スパンの長い維持管理の効率化にこそ効果を発揮すると考えています。

ユーザーの行動を誘発する「広報」の重要性

改正法では、とりわけ状態が悪い「特定既存単独処理浄化槽」の合併化を急ぐとされています。しかし、それがイコール「特定既存単独処理浄化槽でなければ、単独槽でも大丈夫」というミスリードを招いてはなりません。

仮にそのような誤解が生じると、「隣の家の単独槽はOKで、うちの単独槽はNG」という不公平感につながります。そして、この不公平感がクレームを誘発します。また、単独処理浄化槽の合併化の足を引っ張る恐れもあります。

こうした事態を避けるためには、「単独槽はそもそもNGである」という広報が非常に重要になってきます。法改正の広報手段と言われると、イラストや漫画などを多用して法改正の内容を分かりやすく伝えるチラシなどを想像する人が少なくないのではないでしょうか。

ところで先般、こんな話を聞きました。「自分の家が浄化槽なのか下水道なのか、単独なのか合併なのか、それすら区別できていない生活者が少なくない」。

そのような中でどれだけ分かりやすく法改正の説明をされても、残念ながらしっかりと読んで理解してくれる比率は低いものと推察されます。ユーザーに対する広報の目標設定が間違っているから、そうなってしまうのです。

では、ユーザー向け広報の目標とは何か。それは、法改正の中身を理解してもらうことではなく、仮に理解していなくてもいいから法改正の趣旨に沿った「行動を起こしてもらう」ことではないでしょうか。

求める行動は地域によってさまざまだと思いますが、例えば、まず単独槽か合併槽かを確認してほしいとするなら「浄化槽のどこそこを見てください」という言い方になるでしょう。点検をしてほしいなら、何を見れば点検記録を確認できるのか、点検業者の問い合わせ先はどこに掲載されているのかといった情報提供が必要です。

紙媒体だけではなく、スマホで手軽に確認できるサイトも効果的だと思います。法改正で規定された台帳に、ユーザー個人がいつでもアクセスして自分の浄化槽の状態を確認できるような環境整備も有効ではないでしょうか。

下水道ユーザーとの不公平感を無くす

一方、住民間の不公平感という観点では、浄化槽の維持管理費と下水道使用料が違っていたり、維持管理の手間が浄化槽の方が重かったりしても不公平感が募ります。

浄化槽を下水道と同じ生活排水処理インフラとして位置付けていくのなら、この点への配慮も必要だと考えます。

新たなビジネスも創出できる

社会便益としては、適正な維持管理の推進、単独槽の合併化が進むことで、公共用水域の水質保全、衛生的な暮らしの確保が挙げられます。PPPによる効率的な維持管理は、ここでも有効な手段となるでしょう。

台帳整備においては、清掃事業者などがすでに持っているデータの有効活用などで、社会コストの低減につなげる視点も重要だと考えます。

一方、浄化槽の整備、管理、清掃など、業務ごとに担う会社が異なり、ゆえに個別に連絡をしなければならないようでは、ユーザーにとっては不便です。各業務を包括することで、利便性を高める工夫も求められます。

さらには下水道の維持管理まで含めた生活排水処理の維持管理サービスという新たな市場を生み出せるポテンシャルも感じます。それによってユーザー便益が高まり、社会コストが低減し、さらに地域産業の活性化にもつなげていける可能性もあるのではないでしょうか。

法改正で「単独槽の合併化」「維持管理の適正化」といった「マイナスをゼロ」にするだけでは面白くありません。「マイナスからプラス」を創出するきっかけになることを期待しています。