<経営トランスフォーマー>15人目:大汐信光 サービス視点で地域最適を追求する

水ing  “こだわらない”ことへの“こだわり”

IoT・デジタル化、脱炭素、 SDGs 、コロナ、人口減少、整備時代の終焉など、世の中に見られるいくつかのトレンドが各社の経営にどのような影響をもたらすのか、その影響を見据えて各社はどう経営戦略を変革(トランスフォーメーション)するのか。新連載「経営トランスフォーメーション」では、経営の変革に挑む経営トランスフォーマー達へのインタビューを通してインフラ事業の羅針盤を示す。 【最終回】

月刊下水道とのコラボ連載です(2024年6月号掲載)


【連載】経営層シリーズインタビュー<15人目>大汐信光社長

水ing株式会社
大汐信光社長

ingの大汐信光社長は2023年6月に社長に就任して早々に同社の新しい考え方、向かうべき方向として「地域に貢献する」と明言し、経営改革と社員の意識改革を進めてきた。地域貢献とはよく聞く言葉だが、大汐社長のこだわりは自社の枠、既存領域にこだわらずにそれを実現すること。“大汐流”経営トランスフォーメーションを聞いた。

被災者目線で辿り着いた分散処理 

2024年1月1日に起こった能登半島地震から約2週間がたった頃。現地では断水が続き、不自由な生活を余儀なくされていたが、テレビ画面には被災者の笑顔があふれていた。笑顔の理由は、久しぶりのシャワーだ。 

驚くことにそのシャワーは屋内に設置されていた。シャワー室となっている水色のテントの周りには、給水タンクも排水タンクもない。あるのは洗濯機ほどの大きさの装置だけ(写真)。これが東京大学発スタートアップ、WOTAが開発したポータブル水再生システム「WOTA BOX」である。排水は同システムで浄化され、シャワー水として再利用される。 

ingWOTAに出資しており、今回は以前に購入していたWOTA BOXをWOTAに協力する形で七尾市の県立田鶴浜高校に設置し、その後もグループ社員を派遣して運営サポートも行ってきた。 

田鶴浜高校に設置された「WOTA BOX」(写真提供:水ing)

ingは、水族館などアミューズメント施設や工場の排水処理なども扱うが、事業領域の大半を占める上水道と下水道は官需、いわゆるBtoGであり、施設と各戸をパイプでつなぐネットワーク型のインフラを主戦場としてきた。 

これに対しWOTA BOXはネットワークにつながらないオフグリッド型であり、被災者に直接サービスを提供している点からすれば民需、いわゆるBtoCであり、同社の従来の領域からははみ出している。 

事業領域をはみ出すことを推奨する会社が増えているが、言うほど易くない。それに、これまで上下水道を取材してきた肌感からして、ネットワーク型インフラ関係者は、オフグリッド型インフラを別物と考える節がある。所管官庁も異なるから業界も異なるし、トレードオフの関係として競合という捉え方もされるし、交わりにくさを感じていた。 

だが、どうやら同社は違うらしい。いや、今まさにネットワーク型とオフグリッド型を融合させようと変化する最中なのだろう。それも、結構、本気のようだ。 

「BtoGビジネスを中心に事業展開している会社なので、災害時には自治体の上下水道の復旧支援に集中してしまいがちですが、能登半島地震では配管がズタズタで、復興にかなりの時間を要しています。困るのは住民なのに、住民目線を持たなくていいのか。水に関係して地域住民が本当に困ることは何なのか。水を担っている当社だからこそできることがもっとあるのではないか。そういう風に思考が切り替わりました。それを追求して出たひとつの答えがWOTA BOXです」 

地域のためになるなら、コア事業である上下水道にもこだわらない。そう覚悟するにはかなり勇気が必要に思えるが、大汐社長は力説する風でもなく、当たり前という感じで話す姿が印象的だった。 

地域住民に真に貢献することの追求が、結果的に従来の事業領域から外れることになった。いや、従来の事業領域へのこだわりを捨てられたから、地域住民に真に貢献しうる答えを手繰り寄せられたとも言える。 

「能登半島地震の復興もそうですし、過疎地域もそうですが、小規模自治体にとって最適な水インフラは集合処理(ネットワーク型)だけではなく、WOTAのような分散処理(オフグリッド型)も含めてデザインすべきではないでしょうか。われわれ水業界には、従来とは異なる視点での提案が求められています」 

2024年4月、新たな価値を見出し、生み出すために社長直轄の「次世代バリュー創生室」を新設した。同社グループ約300カ所の拠点(上下水道の水処理施設など)との連携による新たな地域貢献に繋がる価値提案の検討も進んでいる。 

“下水処理サービスを提供する”という視点からの全体最適 

地域のためになるなら、上下水道にこだわらない――。 

この一文から読み取らなければならない要諦がある。それは、トイレや風呂など上下水道がある時と同等のサービスを提供できるなら、上下水道にこだわらない、ということだ。ツールは上下水道でもいいし、WOTA BOXでも何でもいい。こだわるべきは住民目線での水利用に対するニーズでありサービス提供であって、そのためのツールにはこだわらない。こだわらないから使えるツールの選択肢は広がり、それがさらに良いサービスを生み出す。同社が目指すのはこの域なのだろう。 

同社のグループ会社には、上下水道、し尿などの公共水処理施設や、製薬工場などの民間施設のオペレーション事業を手掛ける水ingAMと、プラントEPC・メンテナンス事業を手掛ける水ingエンジニアリングがある。 

「設備更新、メンテナンス、オペレーションという従来の事業を従来の枠組みでそれぞれ最適化するだけではなく、例えば“完全自動運転を採用する場合はどのような施設が良いだろう”など“下水処理サービスを提供する”という視点からの全体最適を検討しています」 

上下水道施設を作ることが目的ではない。作った施設を使って最適なサービスを提供することが目的だ。であるなら、施設は目的ではなくツール(手段)である。 

また、作った施設を更新することが目的でもない。すべての施設を更新したら、人口減少下では不必要な施設を持ち続けることになるかもしれない。であるなら、ツールを手放したり、別のツールに置き換えたりする方がいい。 

そんな風に思考する出発点に、地域にとっての最適、地域貢献を据え、サービス視点でアプローチするのが“大汐流”経営トランスフォーメーションなのだ。地域にとって最適なサービスを提供できるならば、例えばウォーターPPPで代表企業になることにもこだわらないし、同社のグループ会社が運転・維持管理を担っている浄水場だからといって、同じグループ会社の装置を採用することにもこだわらないと大汐社長は言い切る。 

「会社も装置も地域にとって一番いい組み合わせが、結果的に地域貢献になります。サービス提供の視点から地域にとって最適な提案をする。そこにこだわり続けます」 

これまで整備中心で進んできた上下水道において、ほぼほぼ整備が終わったから次は運営の時代です、サービス提供の時代ですと言われても、意識転換は容易ではない。そんな話はこれまでも多く耳にしたが、同社ではしなやかに意識が変わっているように感じる。 

それはやはり、約300カ所の浄水場、下水処理場を中心とした水処理施設で、およそ2,700名ものフィールドエンジニア(現場技術者)が日々、オペレーション業務に携わっているからだろう。施設を作るだけではなく、施設をツールとして使ってサービスを生み出すDNAが色濃いに違いない。 

およそ300カ所の水処理施設で日々、運転・維持管理業務に携わっている約2,700名のフィールドエンジニアが水ingのオペレーション技術力の源泉だ(写真提供:水ing)

「現場力」を強みに

 現在2年目に入った中期経営計画「水ing2025」には、地域が抱える課題解決に貢献する戦略を具体化した「水ing流街づくり」が示され、2030年までの貢献分野として、
①自ら拡がる循環型インフラの構築
②地域社会の多様化に対するインフラ管理の高度化
③人々の生活を支える災害に強いインフラ整備
の3つを位置づけた。2023年9月には経営陣と全従業員がベクトルを合わせるために、全社員が共有すべき考え方や働き方を表した共通の価値観「水ingバリュー」(図)も策定した。 

「水ingバリュー」

さあ続けよう、
地域の未来のために
やってみよう、やりきろう
認め合おう、手を取り合おう
つながろう、拡げよう
いま、変化しよう、進化しよう
自分に誇りをもって

全社員が共有すべき考え方や働き方を表した共通の価値観「水ingバリュー」(提供:水ing)

「中計を着実に実行するうえで、全国300カ所のオペレーション現場、2,700名のフィールドエンジニアから成り立つ“現場力”が、水ingグループの大きな強みになります」 

オペレーション技術力をさらに高めるために、技能五輪国際大会への挑戦を勧めている。2022年にドイツで開催された第46回技能五輪国際大会では、競技種目「水技術」で水ingAMの山﨑翼さんがみごと銅メダルに輝いた(写真)。2024年9月にフランスで開催される第47回大会には、同社の髙島旺亮さんが日本代表として出場することが決まっている。

第46回技能五輪国際大会の競技種目「水技術」で銅メダルを獲得した水ingAMの山﨑翼さん(左端。水ingWEBサイトより許可を得て転載)

「選考会を経て決定された日本代表選手としての活躍を大いに期待しています。しかしながら、国内では当社グループ1社しか参加していないのも実情です。ぜひ競合他社にも参加していただき、切磋琢磨することでオペレーション技術力の向上につながればと思います。リクルートにもつながりますよね」 

競争よりも、共創を好む。この辺りにも“大汐流”がにじみ出ている。