2023年に打ち出された「ウォーターPPP(官民連携)」の狙いは、上下水道事業が直面する自治体職員数の減少・施設老朽化・使用料収入の減少という「ヒト・モノ・カネ」の経営課題の解決にあるが、PPPで上下水道施設を維持管理している小笠原諸島での成果は、そうした上下水道の課題解決にとどまらない。その取り組みを通して雇用創出、定住人口増加といった地域活性化も実現している。ウォーターPPPの真髄を小笠原に見た。
民のアイデアを官が生かす
東京港竹芝客船ターミナルから定期船「おがさわら丸」に揺られること24時間で父島に到着する。小笠原諸島で一般住民が住んでいるのはここと母島のみで、合わせて約2500人が居住する。島内で発生する汚水はコミュニティプラント(コミプラ)で9割、残り1割は浄化槽で全量が処理され、島民の暮らし、観光客の快適な滞在、そしてボニンブルーと呼ばれる美しい海を守っている。
これら生活排水処理施設と浄水場の維持管理を、小笠原村と、同村から委託を受けた管清工業が協働で行っている。
同社の社員は毎朝、定点観測用の蛇口やダムを巡回監視してから、浄水場や汚水処理場に出勤する。ダムで採取した水を検査するのも日課のひとつだ。
こうした維持管理業務を同社の社員6名、バイト2名、そして役場の職員8名の計16名が担っている。
父島と母島には合わせて浄水場2施設、コミプラ2施設、浄化槽50基がある。14名で見守る施設数としては少なくも感じるが、父島と母島は海で50kmも隔てられているうえ、両島間を行き来する定期船は週5便程度しかない。浄化槽も散在しており、スケールメリットがまったく効かず、効率が悪い。
しかも、役場職員のうち2名は管理職、1名は事務職で、現場を担う技術者は5名いるものの、いずれも上下水道が専従ではない。見た目以上に人手に余裕はない。さらに、おがさわら丸の就航周期に合わせて島内人口が1割以上も増減することが運転管理を難しくしており、むしろ人手は足りないくらいだ。
だからこそ、積極的にICTを活用する。今では、いつでもどこからでもタブレット端末で施設の運転監視ができる。巡視点検の結果も、現場でスマホで入力できる。以前は現場で紙に書き、後からパソコンでデータ入力していたというから、業務量を大幅に削減できている。施設巡回に超小型電気自動車(BEV)を導入するなど、低コスト化にも余念がない。
こうした効率化や低コスト化は、小笠原村と管清工業が協働したからこそ実現できたことが少なくない。同社のアイデアでコミプラに接続されるパイプを補修したところ、パイプの破損個所から入り込んでいた地下水(浸入水)を減少させることができ、処理コストの削減につながったこともあったという。
小笠原で働きたい人に職を提供
小笠原村の上下水道の民間委託は2015年から始まり、1期目・3年間、2期目・5年間、そして今は3期目の5年契約の2年目が始まったところである。最初は父島の生活排水処理施設のみだったが、今は先述した全施設が対象となっている。
管清工業は1期目から同業務を担ってきた。小笠原で働く社員6名のうち、3名は島内で採用・雇用している。また、釣りやマリンスポーツが好きで「小笠原で働きたい」と言って転職してきた社員も2名いるそうだ。大きな産業がない同村において、雇用創出、定住人口の増加は地域活性化の強い力になるだろう。しかも、上下水道の仕事は、人が住む限り未来永劫に無くならない安定感と安心感ももたらしてくれる。
とはいえ、同村ではもともと地元の建設業者が維持管理業務を請け負っていたため、管清工業に切り替わった当初の風辺りは「かなり強かった」と同社小笠原出張所の小泉和也所長は振り返る。だからこそ、学校での出前授業や地元行事への参加、すれ違う人と笑顔で挨拶するなど、島に根差そうと地道に実直に努力してきた。そのかいあって「管清工業さんがいるから水が飲める」と言われるようになってきたそうだ。
「ここは地域の人との距離が近い。だから上下水道にとどまらず、地域に貢献することを考えています」(小泉氏)。ウォーターPPPの目指すところは、この一言に集約されていると感じた。
小笠原村建設水道課の老松宏孝課長補佐によると「新規雇用が生まれるのはうれしい半面、島内は急峻な地形が多く、住宅用地の確保、世帯用住宅の不足が課題となっている」という。また、これからダムと母島のコミュニティプラントの更新を迎える。
小笠原では1968年にアメリカから返還された際に一気に学校などのインフラが整備され、55年を経てこれから一気に更新時期を迎える。上下水道だけに予算を使えるわけではない。予算分配をどうするか、業者や資材の確保をどうするか。悩みは尽きない。様々な場面で民間企業のアイデアが必要とされている。