水辺や水資源を活用した地域活性化の取り組みはあるが、「水」を活用するというのは新しい。しかも、福井県大野市の副市長を務めたこともある元内閣府官僚が、キャリアを捨ててまで取り組もうというのだから、これまたいろんな意味で、新しい。そんなチャレンジを始めたのは今洋佑(こんようすけ)さん。2021年4月に仲間と一緒に活動母体となる一般社団法人Carrying Water Project(CWP)を立ち上げ、代表理事として奔走している。
この記事のコンテンツ
■飲用や景観活用という「消費」だけでは水が枯渇する
■水と米と人と暮らしと営みの、ぐるぐるとした連関を見つけたい
■「水を練る」という土地の言葉にアイデンティティが宿る
■食と物語を味わう「水をたべるレストラン」
■「水」でアイデンティティを再構築すれば、ヒトは枯渇しない
■日本各地、世界各国を「水」で元気にする
今 洋佑(こんようすけ)氏
内閣府、(2007~19)、福井県大野市副市長(2016~18)、ソフトバンクグループ株式会社CEOプロジェクト室シニアマネージャー(2019~20)、合同会社 夢と誇りのある社会づくり研究所(2020.10〜)、一般社団法人Carrying Water Project代表理事(2021.4~)
飲用や景観活用という「消費」だけでは水が枯渇する
CWPがフォーカスする「水」は、水辺とか水資源とかの言葉から想起されるイメージとは異なるコンセプトを持つ。
水辺と水資源と「水」。その違いは何か。
水辺とは、例えば水遊びしたり、景観を楽しんだりする場所。
水資源とは、例えば飲み水だったり、穀物を育てたりする物質でありインフラ。
こうした飲用や景観などとしての活用は「水という地域資本を表面的に消費すること」だと、今さんは言う。消費行動だけが続けば、いずれその地域資本は枯渇する。
だからCWPは、もっと“深層的”に、古くからその土地に伝承されてきた「水」の“根”のようなものを見ようとしている。
水と米と人と暮らしと営みの、ぐるぐるとした連関を見つけたい
「水は、その土地や文化を形成し、その土地ならではの生活、人のあり方を生み出します。そして、そうした営みが、その土地の水を守り、育む力を持っています」(今さん。以下同)。
例えば副市長を務めていた大野市は、水が豊かで、きれいで、米が特産だった。“きれいな水で育てたおいしいお米を全国展開する”という地域活性化策を思いつきそうだが、それは今さん言うところの「消費」に過ぎず、他都市と差別化もできない。
それに対してCWPは、大野市民が自然に行っている水を守る日々の営みに惹かれた。
例えば、水田が土地の保水力を高め、湧水の維持につながっていること。
例えば、大野市は地下水が豊富で、いたるところに湧水池がある。湧水で野菜を洗ったりできる水場「御清水」(おしょうず)が昔から多く、そこが井戸端会議の社交場であり、古来からの助け合いの形である「結(ゆい)」による住民同士の結束を強固にする舞台装置でもあったこと、などだ。
水が米を作る。米が水を守り、湧水を創る。湧水で住民が日々を営み、「結」という共創を育み、水を使って米を作る。その米が水を守り…。
水と米と人と暮らしと営みが、ぐるぐると連関し続ける。これこそが、CWPが描き起こしたい「水」の“根”だ。土地のアイデンティティと言い換えることもできる。この“根”、このアイデンティティがあれば「水」も、地域も、文化も、ヒトも枯渇しない。CWPではそう考える。
「水を練る」という土地の言葉にアイデンティティが宿る
今さんの仕事は、その土地特有の「水」の“根”を探し、ブランディングすることから始まる。難しいのは、往々にして土地の人が「水」の“根”に無頓着なことだ。水が清涼で豊かである土地ほど、当たり前すぎてその素晴らしさに気づかなかったり、価値を過小評価していたりする傾向があるという。
“その土地の人にとっては当たり前だけどなんだか素敵な価値”というものは、今さんのような“よそ者”のほうが意外と気づきやすい。
これもまた大野市の副市長時代のこと。土地の人が通り過ごしてきた「水」の価値、その“根”につながる言葉に出会った。
水を練る。
大野市で水まんじゅうを製造販売するお菓子屋さんが使っている、いわば地域限定の業界用語だ。それぞれのお店でくみ上げた地下水に砂糖とでんぷんを加えて炊き上げることを“水を練る”と言うのだそうだ。
「“水を練る”なんて、独特な感性ですよね。私は水を練ることなんてできません(笑)」。
食と物語を味わう「水をたべるレストラン」
この独特さが、大野市という土地の「水」の“根”であり、土地のアイデンティティでもあり、暮らしであり、文化であり、そこに光を当てれば、光の輪の中にいる人が元気になり、その人が住むまちが元気になる。これまさに人口減少対策であり、地域活性化策ではないか。
その信念と仮説のもと、大野市中から『水』に根付いた料理や食材などを見つけ出し、大野市全体を仮想レストランに見立てた食のプロジェクトを2016年に立ち上げた。その名も「水をたべるレストラン」。米や水まんじゅうも、もちろんメニューに加えた。
「味わっていただくことはもちろんですが、同時に大野市の水と暮らしのかかわりを知り、そこにある物語を味わってほしい。そして、大野市に関心を持っていただき、大野市に食べに来ていただく、さらには大野市に住んでいただく。そこを目指しました」
「水をたべるレストラン」はウエブ上の仮想レストランだが、不定期に一夜限りのレストランもリアル開催した。当初は市が主導したが、今はプロジェクトメンバーとして活動していた若手の市民有志が「ミズカラ」という組織を結成し、主体的に運営している。
「水」でアイデンティティを再構築すれば、ヒトは枯渇しない
大野市の副市長時代はわずか2年だったが、その短期間に東ティモールへの水の側面からの支援や、水教育なども手掛けた。
それから約4年が経過した今。「水」関連のプロジェクトが縁で、研究対象として大野市を選び、移住した学生もいる。
「水」でアイデンティティを再構築すれば、ヒトは枯渇しない。人口減少対策になる。
今さんのこの信念と仮説が「大野市モデル」として、少しだけ、実証された。
日本各地、世界各国を「水」で元気にする
大野市の副市長としての任期を終え内閣府に戻ったが、現場での手ごたえや達成感が忘れられず退職。IT企業を経て、2021年4月「大野市モデル」を日本全国へ、さらには海外へと展開するため、CWPを立ち上げた。
CWPはもともとは、大野市での「水」関連プロジェクトの総称だが、その理念とプロジェクトスキームを基に、行政主導では難しい他都市への展開、さらには世界への展開を法人としてのCWPが担っていく。
こうした官から民への事業継承は、新しい形の公民連携(官民連携、PPP)だ。行政では担当職員が異動するためノウハウ継承や事業継続が難しい面もあるが、そうした課題も民間事業者であれば乗り越えられる。
周りを見渡すと、およそ水と関係のない事象やモノやコトは見当たらない。どの土地にも「水」の“根”がある。今さんにはそれを、これから、たくさん見つけてほしい。
(編集長:奥田早希子)