投資を通じて環境や社会にとっていい会社を育てる「ESG投資」は、今のところ機関投資家や大手企業を中心とした“中央”での動きだが、実は地方経済にもインパクトをもたらす可能性がある。なぜなら、ESG投資によって資本主義の概念が変わり、カネだけではなく、自然や社会、ヒトも資本として捉えられるようになると、自然や社会資本が豊富にある地方の希少性が高まるからだ。ESG投資がどのように資本主義を変えるのか、その中で企業はどう対応していけばいいのか。昨年に「ESG投資 新しい資本主義のかたち」(日本経済新聞出版社)を上梓した高崎経済大学経済学部の水口剛教授に伺った。
水口剛氏(高崎経済大学経済学部教授)
筑波大学第三学郡社会工学類卒業後、ニチメン株式会社、英和監査法人、TAC株式会社を経て、1997年に高崎経済大学経済学部講師。2008年より現職。企業が環境問題や社会課題にどう取り組んでいるかを、ESG投資と非財務情報開示の視点で研究を続ける。
資本主義が直面する3つの限界
――「ESG」は資本主義を変えるほどのインパクトを与えると指摘されています。なぜ、今、資本主義の変化が求められているのでしょうか。
これまでの資本主義で言うところの資本とは、基本的には「カネ」のことで、それを増やすことを原理としています。しかし、その社会システムは今、いくつかの意味で限界にぶつかっています。
1つ目は、実物経済の限界です。これまでモノを売ったり買ったりして利益を上げ、資本(カネ)を増やしてきたわけですが、そうした経済成長によってカネを増やすことが難しくなってきています。資本(カネ)を増やす手段としては、安く買って高く売る投機くらいかもしれません。
2つ目は、金融経済の限界です。金融経済は経済全体で見ればゼロサムゲームでしかないので、実体経済そのものを大きくすることはできません。一方で利益が増えれば、一方の利益が減る。つまり必然的に格差を生むメカニズムを内包しています。それでもなお貧困を解消しようとするなら、かなりな経済成長で全体を大幅に底上げする必要があります。
しかし、気候変動を見ても分かるように、地球の器、地球環境は物理的に限界に来ています。これが3つ目の限界です。
放っておくと格差は広がり、しかし経済成長しようにも地球は限界にきている。袋小路です。これまでの資本主義そのものが限界にきているのです。そのことを多くの人が感じていて、資本主義を変える試みが行われています。その具体的な表れが、ESG投資なのです。
(水口氏提供)
――「資本主義が変わる」とはどういうことなのでしょうか。
ポイントは2つあります。
1つ目は、資本の考え方を広げることです。資本はカネだけではありません。企業活動にはもちろん資本 は必要ですが、カネさえあれば活動できるわけではありません。
例えば、ヒトも資本です。それは人的資本と呼ばれます。
また、企業が活動する社会も資本です。人が集まれば社会になるかというとそうではなく、約束を守る、ルールを守るという規範があって初めて社会が形成されます。それはソーシャルキャピタルとか社会関係資本と呼ばれます。
それらの背景となるのが、自然資本です。安定した気候や水などの自然資本に、生活や経済活動は支えられています。
資本主義が変わるということは、カネ以外のものも資本ととらえようとすること、つまり考え方の拡張です。ESGはそれを意識し始めたからこそ生まれてきた動きです。
2つ目のポイントは、投資方法の変化です。従来の市場経済では、投資家は株を売り買いして短期的な利益を追求してきました。しかし、ESG投資では、投資家は長期的に株を保有し、経営者に意見を言い、エンゲージメント(中長期的な企業価値の向上を目指し、投資家と経営者が目的をもって対話すること)によって企業を良い方向へ導きます。
これまでの資本主義では、私有できない水や大気は過剰に使用され、棄損されてきました。今後は、資本主義のメカニズムで自然・社会資本が守られるように変えていくべきです。
(水口氏提供)
「三方よし」に甘んじてはいけない
――負の外部性のコントロールは官が規制によって行ってきました。同じ機能をESG投資が果たしつつあると感じます。
排水基準などはこれからも必要ですが、規制だけではできないことがあります。例えば気候変動を防止したいなら、二酸化炭素を出すなという規制では難しく、新しい技術開発にシフトすべきです。それは市場経済の領域です。
世界政府が存在しない以上、グローバルな問題の解決は、グローバル経済に任せるしかありません。今後は、社会的な外部性を考慮する仕組みが、もっと市場経済に組み込まれていくでしょう。
――企業がパブリック化してきたように見えます。
そうですね。利益を生むだけではなく、社会課題を解決しないと企業として成り立たない時代になっています。
――資本概念が拡張された社会に変わっていく中で、私たち一人一人の価値観も変えていかないといけませんね。これから社会に出ていく学生の意識はどうですか。
今の20歳の子が生まれた時、同級生が世界中で2億人くらい生まれています。でも紛争や飢餓で半分ほどが亡くなり、生き残っているのは半分くらい。その中で大学まで進学するのは一握りしかいません。だから、社会を良くする責任がある、と学生には話しています。
ヨーロッパに比べ、日本では社会に対する責任感が弱い気がしますが、ミレニアル世代は持ち始めているように感じます。
――ESG経営の考え方は日本の「三方よし」と同じで、社会に対する責任感が弱いわけでもない気がしますが。
確かに三方よしの考え方はあると思いますが、かつて企業が公害をもたらした例もあるわけですから、本当に日本が三方よしでやってきたかどうかには疑問があります。はるか昔はそうだったと思いますが…。かといって、海外がすごく良いかというとそうでもなく、日本だけが特に劣っていることはありません。
まずは、三方よしのイメージに寄り添うだけではなく、現実をきちんと見るべきです。自分たちは大丈夫と思っていても、それが海外から見た日本像と乖離している可能性があるからです。
環境が典型例です。普通の日本の企業人は、日本は環境先進国と思っていると思いますが、海外から見ればそうではない。石炭火力発電の計画がいっぱいあって、気候変動に対する意識が低く、世界と協調する意識がないととらえられ、環境先進国とは見られません。それが日本のレピュテーション(評判)を損ない、日本の環境技術が海外で売れなくなる。むしろ中国はグリーンビジネスに熱心であるという評判があるので、イギリスやフランスも関係を持とうとします。
地銀はもっとESGを取り入れるべき
――ESGは今のところ、大企業中心に関心が高まっていますが、今後は中小企業や自治体、地方への拡大が期待されます。
ESGは地域活性化にもつながります。自然資本は地方にこそたくさんあるので、それを活用して地域に雇用を生み、利益をもたらし、経済がまわる。地方銀行もそれで潤うわけですから、もっとESGを取り入れてほしいと思います。
上下水道の経験や技術は地方にもありますから、ODAのような大規模なインフラ輸出ではなく、地方の自治体や企業が現場レベルで草の根的に海外の水問題解決に貢献する機会が増えてほしいですね。
また、ESGをきっかけとして、例えば今の下水道にできていないことを考え、そこから活動が広がっていくことにも期待しています。例えばマイクロプラスチックの問題は、化学品メーカーだけでも、下水道だけでも解決はできません。廃棄物処理業界や小売業との連携も必要です。プラスチックを使わないのか、きちんと回収する仕組みを作るのか、ゴミとして出た時にどう処理するのか、下水道に入ってきた時にどう処理するのか。誰がどういう役割を果たせば汚染を止められるか、幅広い議論と技術革新につながっていくのではないでしょうか。
――下水道の処理効率を上げるといった1セクターだけの取り組みでは解決できない問題が増えています。時に日常業務からはみ出してみることで、新たなESG課題に気づき、新たな対応、新たな連携を生むことが不可欠になりそうです。
これからESGのすそ野を広げていくことが重要です。そのためには、機関投資家の受託者責任としてESGを組み入れることを、日本政府として明確にする必要があります。そうなれば自ずと広がりを見せるでしょう。
――ありがとうございました。