うなぎ1億年の謎に挑む

うなぎ博士・塚本教授がCNCPで講演

2009年にマリアナ諸島西方海域でニホンウナギの卵の採集に成功し、それまで謎だった産卵場所を特定したことでも有名な塚本勝巳・日本大学教授が、先ごろ千代田プラットフォームスクウェア(東京都千代田区)で開催された「第1回CNCPサロンにて「うなぎ1億年の謎に挑む」と題して講演されましたので、その概要を紹介します。

なお、CNCPとは「シビルNPO連携プラットフォーム」の略称。公益社団法人土木学会の創立100周年の記念事業として設立されたNPO法人で、全国の建設系NPO法人との幅広い連携をめざす中間支援組織です。塚本先生は、CNCPうなぎ完全養殖インフラ整備事業プロジェクトの顧問でもあります。CNCPについてはこちら

ウナギは海の魚。海で生まれ、川で育つ

地球に現れた最初のウナギはその昔、深海魚だったようです。外洋の中深層に住んでいる現世のシギウナギやノコバウナギと共通の祖先をもち、現在のウナギとはかなり異なる姿だったようです。

1億年前にボルネオ島の川へ遡ったものが、この地球上で最初のウナギになりました。以後綿々と川に遡る習性が引き継がれ現在に至っています。ですから、今も川で成長するウナギは、海に帰って卵を産むのです。

赤ちゃんはレプトセファルスと呼ばれます。普通、動物の赤ちゃんは頭でっかちですが、ウナギの赤ちゃんの頭は小さい。レプトセファルスというのは、“小さな頭”という意味です。マリアナ海溝で卵から孵ったレプトセファルスは、海流に乗って移動をはじめます。日本近海には黒潮に乗ってやってきます。その間に成長し、4カ月ほどでシラスウナギへと変態します。

変態すると体の水分が減り、体表面積が減って摩擦抵抗が減るために、海流に乗っているのが難しくなって海流から降りる。降りた場所がシラスウナギが河口にやってくる場所ということになります。どこで変態が終わって、どの河口にやってくるのかは偶然でしかありません。

シラスウナギは春にクロコとなり、川を遡上します。中流域で黄ウナギとなって10年ほど川で過ごします。そして、成熟が始まると銀ウナギへと変態します。銀ウナギ特有の色は、アジやサバのお腹の金属光沢を持ったグアニンという物質が沈着するためです。そうなると川を下り、海に出て、産卵のためにマリアナ沖を目指します。半年ほどで産卵場につき、産卵し、一生を終えます。

卵からシラスウナギまでの半年が海、黄ウナギで10年ほどは川、銀ウナギから産卵場までの半年がまた海ですから、海にいるのは合わせて1年ほどしかありません。ウナギは海水魚の図鑑には載ってないことが多く、淡水魚と誤解している人も多いのですが、深海魚が起源ですし、繁殖も海。海に強く依存した魚なのです。

最新の電子工学の粋を集めた装置で謎に迫る

ウナギはマリアナ海溝の一番深いチャレンジャー海淵から100㎞ほど北の西マリアナ海嶺南端部の海山域で産卵します。広い海の中ではほとんどピンポイントと言える狭さです。ここは4000mくらいの深海ですが、ウナギの産卵は海面から200mくらいの比較的浅い水深で行われると考えられています。日本で育ったウナギも台湾や中国で育ったウナギも、みんなこのマリアナの産卵場に戻ってきます。日本海溝やフィリピン海溝など、似たような環境は近くにあるはずなのに、マリアナの海でしか卵を産まないのは、不思議でしょうがありません。

こうした産卵回遊生態を解明するのが近年の電子工学の粋を集めて作ったポップアップタグとよばれる装置です。

これをウナギの背中に付けて放すと、センサーが水深や水温、照度などのデータを集めてくれます。タグがウナギから切り離されて海面に浮上すると、人工衛星経由でデータが地上局に送られてきます。そのデータを解析した結果、夜は水深200m、昼は800m前後の層にいて、規則的な日周鉛直運動をすることが分かりました。

昼間に明るい浅層にいるとマグロやサメに食べられる危険があるため、水温が5℃くらいの800m層に隠れているのです。でも、お腹の卵の成熟を進めるにはあったかい水温が必要なので、夜になって捕食者の危険がなくなると、水温が20℃くらいの浅い層に上がってきます。

これまでの産卵場調査からわかったこと

メスは一回の産卵で300万個も卵を産みます。オスが精子をふりかけ、受精卵は1日半後に孵化します。卵は孵化直前になると直径10kmもの広い範囲に分散しています。卵は海水より比重が小さいので海中で浮上し、海水密度に大きな変化のある躍層(海面下約150m)にたまります。卵も孵化した仔魚も北赤道海流でゆっくりと西へ運ばれ、やがて台湾沖で黒潮に乗り換えて日本にやってくるのです。

ウナギは大切な食糧であり、神でもある

ウナギというと、背中が黒くてお腹が白い、というイメージではないでしょうか。それらはすべて養殖ウナギです。天然のウナギは黄ウナギと呼ばれ、黄色がかった複雑な色合いをしています。成熟が始まると、黄ウナギは黒またはこげ茶のいぶし銀のような体色に変わります。これを銀ウナギといいます。

ところで、今は世界に16種のウナギがいることになっていますが、3年前までは15種と言われていました。新種が1種、フィリピンのルソン島で発見されたのです。アンギラ・ルゾネンシスと名付けたこの新種は私たちの研究室の成果です。16種の中にはニュージーランドオオウナギのように体長が1.5mもあるウナギもいます。先住民のマオリ族にとってそれは大切な食糧資源であり、神のような伝説の存在でもあります。これは食文化や資源の持続的利用を考える際に基本的な心構えを教えてくれる好例ではないでしょうか。

お店に出るウナギのほとんど全ては、天然のシラスウナギを獲ってきて養殖したものです。近年このシラスウナギ資源が減って、ニホンウナギは絶滅危惧種に指定されてしまいました。しかしニホンウナギの場合は、パンダやトキのように地球上に現存する絶対数が危機的状況にあるというわけではありません。まだ食べるほど流通しています。

その減り方が激しいために、絶滅の危険があるとして指定されたのです。かといって、今のまま資源を放置し、有効な保全策を取らずに利用し続けることは危険です。ニホンウナギが分布する東アジアの国々が力を合わせて持続的な資源利用の方策を練る必要があります。

研究っておもしろい!

鼻紙のようなものでもいいから論文をたくさん書きなさいと先生に言われ、論文も書籍もたくさん書きましたが、その中でダントツのベストセラーは小学校4年生の国語の教科書として書いた科学読み物「ウナギのなぞを追って」です。これは何百万人もの子供達が読んでくれています。

私自身も「うなぎキャラバン」といって全国の小学校に出かけて行って、ウナギの話をする出前授業のようなものをしています。最初はウナギの研究成果を話し、ウナギに興味を持ってもらえたら、それがウナギの保全にもつながるのではないかと思って始めたものですが、最近では研究の面白さ、ワクワク感を子供達に伝えられたらと、少し方向が変わって来ました。

こんな話もします。2009年5月、マリアナ諸島の西方海域でウナギの卵が初めて採れた時の話です。採れたその瞬間は喜ぶどころではなくて、私は脱兎のごとく船内の階段を駆け上がり、船長に卵の採れた地点まで船を戻してもらいました。そこからもう一度プランクトンネットを入れ、同じ方向に、同じ水深、同じ距離を同速度で引いてみました。

科学は再現性が大事です。誰がやっても何度やっても、同じ条件なら同じ結果が出るはずです。1回目には、ニホンウナギのものらしい卵が3粒採れ、そのうち2粒は遺伝子解析の結果、ニホンウナギでしたが、もう1粒はノコバウナギの卵とわかりました。2回目の曳網の結果、2粒が採れ、今度はそのどちらもニホンウナギのものでした。

確かにその辺りにニホンウナギの卵が分布していることが確認できたのです。そして私たちはついにニホンウナギが卵を産む地点を突き止めることに成功しました。世界初のことでした。

その後2日間に亘り、30人くらいの乗船研究者はだれもベッドに入って寝ることなく調査を続けました。卵の水平方向の分布や鉛直方向の分布、海洋環境などの情報が次々に明らかになってきました。あらかた調査が終わり、ひと区切りがついたところでみんなバタンとベッドに倒れこんで寝ました。どのくらい寝たのか記憶にありませんが、目が覚めてみると夕方でした。

船はゆったりと船体をローリングさせながら微速前進しています。みんながぞろぞろ起き出してきてデッキに集まりました。そよ風が吹き、気持ち良い夕べです。その時、ようやく卵が取れたという実感がわいてきました。

「本当に卵が取れたんだね〜」
「よかったね〜、よかったね〜」


塚本先生がウナギの卵を発見するまでの軌跡を詳しく知りたい方にお薦めです。

「大洋に一粒の卵を求めて:東大研究船、ウナギ一億年の謎に挑む」(新潮文庫、680円税込)